2019年6月14日 (金)

健全な社会

「息子殺しを僕は責められない」というとある元政治家でもある弁護士の人権意識がひどすぎて、落ち込みます。

「息子が他人に害を及ぼすかもしれない状態です」と、病院なり、警察なり、自治体なりに全く相談してもいない。親、家族として思いつく限りの手も尽くさずに、おそらく見栄や外聞といった価値観が勝っていて、人に頭をさげたり、相談したりすることができずに、短絡的に息子を殺めてしまった殺人者の気持ちがわかると、正当化するような発言をしていて、法曹界の人とは思えません。

ここはどんな理由があっても殺人は断じて許されないと言うべきところでしょう。どうしたら殺人がふせげたのかを考えていただきたかった。

他人を殺すような家族は殺してもいいから、家族内で解決しろと、それでは司法の役目を全く放棄しています。

引きこもりの原因や理由は複雑です。単なる不良、甘えで終わらせようとしている。できるべき政治や福祉、医療に焦点を当てずに、現象だけを悪しざまに問題視する風潮は責任逃れです。

高齢者の事故だって、利益最優先で徒歩圏内の商店街や、電車や路線バスといった地方の交通インフラを台無しにしてしまった原因や理由があるかもしれないのに、事故にばかり焦点を当てて、免許返納させる、といったてっとりばやく簡単な方法で解決しようとしています。

引きこもりが悪い、高齢者の運転が悪い、と悪者扱いされて、肩身が狭くなる人々が増えて、それでみんな楽しくて、幸せなのかな?

そんなの健全な社会なのかな?

 

 

 

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2019年6月 5日 (水)

不寛容な社会と寛容な社会

不寛容な社会と寛容な社会、どちらが生きやすいのか。

ひとさまざまなようです。

強者は弱者を踏みつぶしてのし上がれるので不寛容な社会がのぞましい。

弱者は踏みつぶされっぱなしはいやなので、寛容な社会がのぞましい。

でも、今は強者の不寛容な人々も、けがや病気や天変地異や社会変化でいつ弱者の立場にまわるかもしれない。

そんなとき、自分がこしらえた不寛容な社会に絶望しやしないのでしょうか?

最近の引きこもりの起こした事件についての著名人のネットの言説で、ああ、この人は不寛容タイプだなと思った人と不寛容な言葉を書き留めておこうとおもいます。

小林よしのり:「人間を含む生物界は、弱肉強食が基本で、弱者が生き残れないのは自然だろう。人間ゆえに、強者が弱者を守らねばならないと、わしは思っているが、弱者が弱者のままでいいという社会は、実際にはない」

本当にないのかな? 弱者が弱者のままでも安心してくらしても良いというのが正しい人間の社会じゃない?弱者が生きられない社会は人でなしの住む、けだもの社会だよな。

東国原英夫:「拡大自殺、誘発された事例がどれくらいあるか示すべき」

舛添要一:「政府は必要な予算措置を。また個々人が防犯護身用具(防犯スプレーなど)を携帯するのもよい。若い頃柔道と剣道に励んだが、警察などでの護身術の講習も役に立つ」

橋下徹:「息子殺しを僕は責められない」

どんなに優秀な人でも、一度でも知事を経験すると短絡的な馬鹿になってしまう呪いでもあるのかな?

こういうことを他に言いそうな不寛容タイプに曽野綾子、石原慎太郎などが思いつくのですが、今回発言が見当たらない。ひょっとして、この人たちはすでに高齢者で弱者の泥沼に足をつっこんでいるためすこし寛容のありたがさに気が付き始めたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2019年5月30日 (木)

久しぶりのASIAN KUNG-FU GENERATION

家族の病気を理由に、長い引きこもり期を過ごしていたこともあり、かなり久しぶりに中野サンプラザのアジカンのライブに行ってきました。

ひとりで行ったのですが、とてつもなく満喫できました。

久しぶりだけれどいつも変わらない心がドキドキする、アジカンのステージ。もういちど聞けることができて、とても嬉しかった。

家族が健康だから、こうして一人でライブを見ることもできるんだなぁと。。

「こんなおじさんのライブに来てくれてありがとう」なんて言ってましたが、アジカンがおじさんなら、わたしはおばあさんだよ。。

わたしはもう、年老いて、一時間も立ちっぱなししていたら、足がパンパンになって疲れて坐りましたが。

ところで、ボーカルのゴッチ本人が人気がない曲ですといいながら唄った「サーカス」という曲をぼーっと聞いていたら

「滑舌のわるい彼のスピーチが終わるころ出口で合いましょう」という歌詞を聞いて

あっ、彼はあの人?とひらめいてしまいました。。

アジカンファンなら常識なのかな?

 

 

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2019年5月 2日 (木)

平成の大晦日と令和の元日

平成の大晦日と令和の元日の両日とも、とても普通に過ごしてしまいました。

平成大晦日は旅行先の長野の温泉地湯田中から戻り、自宅でごろごろ、夕方から高井戸の美しの湯の温泉につかり、オオゼキで買い物をして、

晩ごはんは高崎で買ってきたこんにゃく麺に豚肉、たまねぎ、ピーマンを加えたソース焼きそばに目玉焼きのせ。のみ。

令和元旦の日の昼間は平和島温泉につかりながら、浴室の大型テレビで式典の様子をみて、品川のイオンで買い物して帰宅。

晩ごはんは竹輪とぶなしめじと牛肉をバターとポン酢で炒めた料理とイオンで買ってきたクリームコロッケ(具材がなにも入っていなかった)。

大晦日も元旦もぼけっと温泉につかり、あまりに貧相すぎる晩餐を食べるという、とてもしょぼい両日だったので、忘れてしまいそうなので、記録しておきたいとおもいます。

 

 

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2019年2月12日 (火)

もやもや感がした文章

ライフハックだか、処世術だかでネット上で拡散されている「幸せになるためにやめるべき30」という文章をたまたま目にしてしまい、昨日はずっともやもやしていて一日考えていました。まぁ、マザーテレサ的ないいと思うよ、という内容もあるのですが、。

でも、ひっかかったのはこのふたつの言葉
自分にふさわしくない人たちと過ごすのをやめなさい
自分より低い誰かのレベルに合わせるのをやめなさい

ずいぶんと上からのあつかましい態度だな、これ。

自分にふさわしくない人という判断ができるほど、これを書いた人は高尚な人間なのかしら?
相手が自分よりレベルが低いってどうやって判断できるのかしら?
偏差値なの?それともIQ?50メートル走のタイム?ふんわり美味しいパン焼き能力?リストの超絶技巧の完成度?
なんだか情けない、これを言った人、ずいぶんとちっさい男だな、と思ってしまいました。
こういうことを口に出して言ってしまう方のレベルはそもそも人格者としては最低な訳だから、これを書いた時点でこの人はもう徳のある人格者とはつきあえる希望も資格ないじゃないの、何様なんだよ、、といったもやもやでいっぱいになりました。
ちょっと調べたら、この文章の発言者は自己啓発本を100冊以上書いている経営コンサルタントのようです。
少なくても、自分の著書を買ってくれるお客様はは自分よりレベルの低いと想定して商売しているのではないでしょうか?そういう自分よりレベルが低い誰かに合わせて本を売っているのでしょうから、矛盾してませんか。
自分よりレベルが上の人がまさか啓発本とか人生訓なんてのは不要でしょうし。。。
たまたま、昨日NHKBSでヒトラーの言葉に熱狂させられたドイツの時代のドキュメンタリーで、ヒトラーがユダヤ人やスラブ人を下等民族として扱い、国民に差別意識、特権意識をかりたてて、自分の権力を保とうとした映像を観てしまったばかりなので、人が人に甲乙をつけるということはとても怖い発想だなと感じたばかりでした。
当時、少年としてナチスを信奉していた老人が言っていました。「ポーランドに戦争で勝ったというニュースで気持ちが高揚しました、だってそうでしょ、スポーツと一緒ですよ、自分の国が勝てば嬉しいじゃないですか、それと一緒ですよ」、、と。
わたしは昔からあまりオリンピックに興味がないのもこの老人のような発想自体が嫌なのかもしれません。ヒトラーも利用してましたしね。オリンピック。
本来、人間社会というものは、親でも教師でも友人でも、自分より、いろいろな能力の高い人に付き合ってもらって、育ててもらって、やっと人は成長できるんじゃないんですかね?
自分より高い能力や知識を持っている人が、おまえはふさわしくないから、レベルが低いからとつきあってくれなくなったり、話をしてくれなくなったら、その人はいつまでも学んだり、成長したりできないですよね。
自分がある程度の立場になるまでに、必ず誰かに育ててもらって成長できたんだから、もしも自分が優れた知識や能力を習得することができたならら、それは自分だけの力ではないのだから(たとえそれが書籍で学んだ知識だとしても)人を馬鹿にしたように、レベルが低いとか自分にふさわしくない人なんてことは言わずに、広い心であたたかく接して、時には想像力を働かせてその人の立ち位置にも立みてもいいのではないでしょうか、その時ああ、この人は今世の中がこう見えているのかと逆に学ぶことも多いのではないでしょうか。
自分の持っている能力や知識をおごり高ぶったらず、偉ぶらずに還元して、自分の住んでいる空間、社会全体の底上げをした方が、結局は、自分にとってもずっと住みやすい世の中になるんじゃないかな?
なんてつらつらと考えてしまいました。
もうすこしもやもやと考え続けてみたいと思います。

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2019年2月 8日 (金)

伊藤計劃とかぼくのりりっくのぼうよみとか

テレビも観ず、スマホも持たず、ラジオはインターFM。

ディケンズ、トーマスマン、チボー家、紅楼夢などを読みふけり、インドに夢中になっていたら、、、、世の中は新しいカルチャーに溢れているようで、慌てた。

早速図書館で伊藤計劃の本を借りてきて、バスのなかで一二行読んで、、一度本を閉じました。
ああ、、私に読めるのだろうかと不安になりました。
星新一や筒井康孝は読破していたわたしですが。。PKディックも好きだったはずですが。。ううむ。。。昭和は遠くなりにけり。。
というか、宋の時代の本読んで、200年前のイギリスの本読んで、第一次世界大戦の本読んでたので、昭和どころの話ではないですね。。かろうじてトーマスマンが昭和にかぶってますよ。。

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2019年2月 6日 (水)

メリーポピンズ

今公開中の「メリー・ポピンズ リターンズ」を観てきたら、一年以上も災難・不幸続きだったこのところの疲れた心に沁み込んでしまい、この2~3日はずっとこの映画のことを考えるような状態になりました。

まずは前作も観たくなり(子供の時にみたきりでほとんど覚えておらず)、借りて観ました。
この二日間、ヘビーローテーションで観てしまいました。
1964年に公開された前作でチンチムニーを歌うバート役の偉くハンサムで恰好よかった男優ディックヴァンダイクの虜になりました。
しかもなんと、本作にも92歳で再び出演していると知って、びっくり。元気だなー。
本作の女優さんエミリーブラント、綺麗すぎてうっとり。
前作のジュリーアンドリュースも美人だけど、どちらかというとおかめ顔で愛嬌のある美人だったのですが、今回のエミリーブラントは正統派の美人で素敵でした。
今回は字幕版でしたが、平原綾香が声優担当しているという吹き替え版にも行ってみたくなりました。
それだけではなく、さっそく原作の児童文学の方のメアリーポピンズも図書館に予約してしまいました。
メアリーポピンズ熱の渦中にいます。

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2019年1月10日 (木)

友人の命日がまた過ぎて行った

高校の先輩Hさんの命日が12月29日、、

そして、大学の先輩で長い友人のYの命日が1月9日、昨日。
9月10日は親しい友人Sの命日でしたが、実父の命日にもなってしまいました。
そして、10月27日はM兄の命日
11月8日は大好きな大先輩Tさんの命日だったし、
このままだと、毎月だれかの命日になってしまいます。
歳をとるのは悲しいことです、そうじゃないですか?
この二年、いろいろと災難に見舞われて、日々が荒波すぎて、ようやくはっと自分の顔を鏡でみたら「なんじゃこりゃ~」、し、死相が出てるよ。。疲れすぎている。。
ということで、今年はセルフメンテの歳にして、もうすこし、生きてみたいと思います。

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2018年11月17日 (土)

ウッドハウス・コレクション

P.G.ウッドハウス 国書刊行会
先日の美智子妃殿下の誕生日の談話に登場した「ジーヴス」。
さらりと話しておられましたが、日本中に「ジーヴス?」と思った人も少なからずいたのではないでしょうか。わたしもその一人。
「ジーヴス」とはアガサクリスティと同時代のイギリスの作家、P.G.ウッドハウス作のシリーズ小説の登場人物。ジーブスはイギリスのおきらく有閑青年に従事する、聡明なドラえもんのような執事で、「謎解きはディナーのあとで」の執事っぽい人物でした。
ウッドハウスは戦時中にナチスに協力した濡れ衣を着せられ、のちにジョージオーウェルに弁護されたり、非難の先鋒となった記者が謝罪したりと言う過去をもつらしいです。アガサクリスティに比べると圧倒的に知名度は低いのでは?(でも、アガサクリスティもジーヴスを愛読していたそうですよ)
今回はまず、図書館で借りて、ウッドハウス・コレクションにある、下記の三冊を読んでみました。
「ジーヴスと朝のよろこび」
「ジーヴスと封建精神」
「ジーヴスと恋の季節」
いずれもラブコメで漫画っぽい話です、実際白泉社のメロディという雑誌で漫画化されています。
翻訳者さんが結構昔の方なのかと思ったら、そうでもない現役の若い方のようなのですが、どうも翻訳の文体が古めかしくてとても読みにくいのです。アガサクリスティと同時代の作家さんなのに、アガサクリスティの翻訳の会話に違和感がないので、わざと昔のイギリスセレブ社会を強調しすぎて、こういうコントみたいな翻訳になってしまったのかな?もうすこし現代文で読みやすい形で翻訳しなおしていただけたらなぁなどと欲張りな希望を持ってしまいました。
というか、この本は、原書で読むべき小説なのかもしれません。古典からの引用されたセリフが満載ですので、教養がないとまともに読めないとので、それも難しいかもしられませんが。。
こういう可愛いラブコメドタバタしかも教養小説を来年になったら美智子さまがお読みになるのだとおもうと、それだけで、とても暖かい、幸せな気持ちになってしまいま
す。

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2018年11月10日 (土)

積読状態の原書

アンタイラーの原書

「VINEGAR GIRL」と「SPOOL of BLUE THREAD」が積読状態になり、新刊の「Clock Dance」を読み始めてしまった。
もう、原書で読書が追いつかない、けど、来年年明けから失業しそうなので、時間がたっぷりできるから、読めるかも

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