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2007年9月29日 (土)

硫黄島に死す

著者 城島三郎 新潮文庫

本作品に描かれていた、硫黄島が陥落する直前の主人公が味わった地獄絵図です。

口がかわいた。天井も井戸水も、どこにも水がない。

唾もでなくなり、生米を噛んで吐くと、白い粉になった。耐えられず、海水を飲むと、かわきはいっそうはげしくなった。自分の尿を飲む兵士もあった。二度から三度で中毒を起こし、発狂した。素裸になって狂乱する兵士もいた。

戦争とはこういうことなのです。

戦争ものの書物や映画は極力読むないようにしています。。

戦争は、人間のエゴや愚かさや平和な時代にはオブラートに包んで表に出ない人間のむごたらしくて卑しい本質や狂気が蓋を開けられて飛び出して暴れまわることだと思っているので、どのような社会状況や背景などがあったとしても、それが戦争をはじめるしかなかったという理由にはならないと思い、だから戦争記には興味がない。。戦争(暴力と殺戮)をはじめる正当な理由などないと思っているので。。なので、歴史上の国取り合戦だの、戦国武将などと偉人扱いされている歴史上の人物も、所詮は気が狂った人殺しの総大将だと思っている。。そういった意味で、信長も家康も武田信玄も人殺しの親分だと思っています。だから特に戦国時代の歴史には非常に興味がありません。(もしも実際の歴史で、この人たちが一人も人を殺したり、傷つけたりしたことがなかったとしたら、それは彼らに謝ります)

ただ、戦争にいたる原因については学ばなければならないとおもっています(戦争のはじまるきっかけには大抵私利私欲に走った人たち=エゴイスティックな権力者や政治家や資産家が存在しており、それに疑問を抱かない庶民が介在している思われるからです)がもっと早い時点でむごたらしい暴力と殺戮を食い止めることはできなかったのかという反省は必要だとおもっているからです。。要はマフィアが自分のファミリーだけが生き残れば他のファミリーは血の海に沈んでもよいという発想。。

今回は、めずらしくつい戦争ものの本を手にとって、ついうっかり読んでしまいました。。

そして、やはりとても理不尽でつらい気持ちになってしまいました。

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