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2008年6月11日 (水)

友人の残した言葉

秋葉原で事件を起こした容疑者は、孤独を訴えていたということが報道で伝わってきています。孤独だから人を殺すという法はありませんが、、

今年のはじめに亡くなった友人が学生時代に私に教えてくれた、今でも私にとっての大切な教えを思い出しました。

当時の私は人付き合いが苦手で、人見知りもする、自信のない人間でした。今でも鬱傾向で、落ち込みやすく、ふとしたことで簡単に自信をなくし落ち込んでしまう性格は変わらないのですが。。

そんな私に、彼はアドバイスをしてくれました。

「もしも、二つの集まりがあって、ひとつは自分の好きだと思う人たちが集まる集まり、もうひとつは、自分が苦手だと思う人たちの集まり、そんな集まりが同じ日の同じ時間にあったら、自分が苦手だと思う人たちの集まりに行った方がいいんだよ。自分が好きだと思う人たちの集まりには、自分に似たような人間しか集まらない、そういう人間たちと話をしても、自分の世界は広がらないし、自分の交際範囲は狭いままだ。でも、自分が苦手だと思う集まりには、自分と全く違う考えをする人間、自分の全く知らない世界に住んでいる人間たちがいて、自分の世界は格段に広がるし、そして、どんな人間だっていいところが必ずある。だから自分の知らない世界にいる人間のいいところ、愛すべきところを知るいいきっかけにもなるんだよ。」と。

私は、友人でもあり、先輩でもある彼のことをとても信頼していましたので、彼の言うとおりに、苦手だなぁと思う集まりにも、勇気をふるってでかけてみました、、

それ以来、基本的にどんな集まりにも時間の許す限り顔を出してみるようにしています。。

その結果、今では思いもかけない出会いを経験し、そして、想像していなかったさまざまなタイプの友人がいます。

大人で尊敬できる模範にしたいという素晴らしい人とも出会えたかと思えば、なんて下品な、というタイプの人にも、まだまだ子供だなぁと思う人とも知り合えました。。

それぞれみんな魅力を持っています。みんな大切な友人です。。全く魅力のない人にはまだ出会ったことがありません。

秋葉原の容疑者の周囲には、彼を大人にすることができる、尊敬し、信頼できる、模範としたい大人がいなかったのだろうと想像できます。。。それは親だけではありません、彼の教師、上司、友人に至るまで、彼が信頼し、尊敬し、そして自分が相手にとって必要な人間だと確信できる大人と出会えることができなかったのだろうと思います。。秋田幼児殺害事件の畠山被告にも同じことを感じましたが。。残念なことです。

絶望してしまった人間は。。狂気に陥る可能性は高いと思うのです。。それは人間というよりは動物の本能なのかもしれません。。彼は残念なことに絶望してしまったのでしょう。

信頼のできる、模範としたい大人は、世の中に必ずいるです(それは、今生きている人から探す必要はないと思います、書物の中にだっていくらだっているのですから)。

だから、彼には、絶望をしないで人生の模範を探して欲しかったと思うのです。悲劇は起こらなかったかもしれません。。

しかし、、ますます、国や政府が国民に絶望を意識的に促進している世の中になっているようにも思えます。。今回の事件も、政府にとっては織り込み済みの事件だったのでしょうか。。

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