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2008年8月 2日 (土)

暑中見舞い

不思議なことが起こりました。

高校時代の同級生で、久しく音信不通となっていた、BくんとKちゃんから、珍しく暑中見舞いの葉書が届きました。

偶然なのでしょうか?高校時代の自分の顔を、ふたりの旧友が同じ時期に久しぶりに思い出してくれたこと、誰かの記憶に自分がずーっと残っていることを知るのは、自分が存在しているんだって知る証明だなって、先日からつくづくと思っていたのでとても嬉しい気持ちになりました。

Bくんは高校一年のときに球技大会で卓球のダブルスを組んでから親しくなった友だち。(このダブルスは先生が組み合わせを決めたカップリングだったのですが、Bくんは卓球経験がないのか、あまりにも運動音痴で、一球も返球できず、ストレート負けだったのですが、それから話を交わすようになりました。)

彼は新聞社(日経だったかな?)の奨学金で大学へ進学しましたが、病弱なため中退し、実家に戻って暮らしていたのですが、その後立て続けにご両親を亡くしてしまい、更に病弱で通常に働けない上に、身寄りがなく、気弱な手紙が時々舞い込み、ちょっと気がかりな友人のひとりでした。手紙や年賀状のやりとりを不定期に続けていましたが、ここしばらく年賀状の返事も途絶えて、どうしているのかなぁと思っていたのですが、珍しくそのBくんから暑中見舞いが届きました。あまり元気ではないような内容でしたが、様子を知らせてもらって、こちらとしてはすこしだけ安心できました。自分もつまずいてばかりなので、生き方については、とても適切なアドバイスができる能力がないのだけれど、それでも彼には幸せに毎日を暮らして欲しいなぁとときどき祈ってしまうそんな旧友なのです。

Kちゃんは高校時代の仲良しグループの一人だったのですが、高校時代の同級生と結婚して、しばらく旦那様のお仕事でアメリカ駐在をしたりと、卒業後は殆ど会う機会が少なくなってしまったのですが、やはり手紙や葉書のやりとりを続けていましたが、ここ数年音信がなかったので、意外な葉書にちょっと嬉しかったです。

ふたりとも、どうして私を思い出してくれたのだろう、何かのきっかけがあったのかなって思うのですが、疎遠になっていた高校の友人ふたりが、偶然にも郵便局のくじ付きの葉書で、手書きの暑中見舞いを送ってくれたというのがとても偶然で、不思議な縁を感じました。

先日、付き合いの長い旧知の友人Yが死んでしまって、ふたりだけで共有していた遠い昔の記憶をたぐりあって「あの時あんなこと、あったよね」という思い出話をして「そうそう、確かにそんなことあったよね」って頷きあって、笑いあったりすることが、二度とできなくなってしまったことを時々寂しくおもいます。

そんなこともあり、古い友人にももっと会いたいなぁなんてふと思ってしまいました。

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