累犯障害者
著者 山本譲司 新潮社
本書は公設秘書給与不正詐取の罪で実刑を受けた元国会議員の著者が、服役中に出会った累犯障害者の現状にふれ、福祉が行き届かず不幸にして犯罪を犯してしまう障害者の問題について実例を交えて真摯に詳しく語っています。必読の一冊です。
著者のようなまともに、庶民の実生活の問題に取り組む人物が政治の世界からはじきだされて、庶民の実態とはかけ離れた貴族のような人物ばかりが政治家になっていくこの日本は住井すえの「橋のない川」の時代、100年前から文化的に一歩も進歩せずに、むしろ後退しているなぁと思いました。
人間とほかの獣との違いは、文明だと思っていました。
文明とは、暴力を使わない、争そって傷つかない方法を考える、人は動物と違い、競争では勝ち負けは決められないということを知り、いろいろな能力の、いろいろな主義主張の人間が、強い能力や腕力や知力を持っている人々と平等に安心して暮らす方法を考えることかと思っていました。
お金儲けの方法を考えて、悪知恵と時にはコネや暴力も駆使して出来るだけ沢山のお金を手に入れることができた人間だけが、安全で安心した場所で生活ができるが、お金儲けなどに興味はない、大きな家にも綺麗な服にも、権力にも興味がない、誰とも争いたくない、平和な、安全な場所で、ただ最低限の衣食足りる程度に働いて、あとは雲をみて、ぽかんと暮らしたい、それだけなのに、そういう考えの人間は安全な場所に住むこともできない、そして強い人間に虐げられて、人権も蹂躙される、日本はそんな国ではないはずです。(よく、曽野綾子がアフリカの貧困国では競争に勝てない人間は死が待っています、日本人は甘えているのです、なんて言っていますが、良く考えてください。どっちの国が文明的ですか?人が甘えていても生きていける国、それは素晴らしい国ではないのでしょうか?)
最近の文明的ではない野蛮な発言をした例として、大阪府知事の橋本徹氏の発言があります。
彼は私立高校の助成金の問題について、高校生(子供)に対して、「日本は弱肉強食の世界です、すべてが競争です。教育よりも道路が大切です、お金がなければ公立高校に行けばいい、公立高校に行く能力がないなら義務教育ではないのだから高校にいかなければいい。それがいやなら日本から出て行ってください」というような内容の無慈悲な発言を涙まで流して抗議する高校生相手に繰り返していて、驚きました。
日本はそんな国ではないはずです。
いつから一介の府知事が勝手に子供を日本から強制退去できる国になってしまったのでしょうか。
この橋本氏のニュースを聞いて、昔、大学時代に家庭教師として勉強をみていたGちゃんを思い出しました。
彼女は中学1年生で通信簿は「オール1」でした。割り算どころか足し算引き算もできないし、アルファベットも知らない。
決して知的障害者ではない、話は通じるし、すべての生活行動をひとりでキチンとできる。ですが、どこかでオチこぼれてしまった。そもそも学習する方法を知らずに育った子供だったのです。
家庭環境が悪く、ほとんどネグレクトの両親を持っていました。家庭教師というよりは、それこそ乳母代わりに雇用されたのかと思えるほど、勉強以外の学校の相談も常時乗り、彼女の学校の日々の出来事に耳を傾けたりしました。
家庭教師として契約していた時間外の課外授業がほとんどでした。そんな家庭教師役を彼女が中学を卒業するまで約2年間続けました。
3年間、相変わらず勉強はさっぱりでしたが、でも、勉強は嬉々としてやっていました。計算問題や、アルファベットの書き取りも好きでした。覚えることに喜びを感じ始めていたのかもしれません。
彼女と出会ったころいわゆる彼女はヤンキー少女でした。喧嘩や夜遊び、暴走族との付き合い、校内でも暴力的で反社会的な行動ばかりを繰り返していたようです。ですが、わたしと勉強中は反抗的な態度もなく、、精神的にも落ち着いていた様に見えました。
あるとき、学校の先生が彼女に対して「卒業させてやるから学校にこなくていい」と言ったことがあります。彼女は勉強はできなくても学校は好きだから学校に行きたいと私に相談してきました。親はネグレクトなので相談できません。結局わたしは学校に抗議の電話をして彼女の担任と話をしたこともあります。「教育原論も読んだこともない、親でもない一介の大学生が教育に口出しするな」と一蹴されてしまいました。
それでもなんとか彼女は学校に通い、卒業し、無事私立の女子高に入学しました。結局中退して夜間高校に通うことにしたと連絡が届いたきり、彼女の消息が途絶えてしまいました。
わたしは、かつては教師になりたいと思っていた時代がありましたが、たった一人の少女もまともに教育できなかった自分には教師になる資格はないと思い、結局教職取得自体を諦めてしまいました。
数年後、20歳になった彼女から電話がありました。車の免許を取ったから乗せてあげるという連絡でした。最後に彼女にあってから数年立っていたと思います。
ひさしぶりにあった彼女は尖ってツッパッていたころのキツイ表情はなくなり、可愛い女の子に成長していました。彼女は車の免許が取れるくらい、通常の知能の持ち主だったことも証明されました。そしてかつて親身にしてくれた大人に恩義も感じることもできるまともな子供だったことも証明されました。
わたしは彼女にもっといろいろなことをしてあげられたかもしれないのに何もできなかったという後ろめたい気持ちで過ごしていたので、この連絡に驚き、また嬉しかったです。
橋本徹は学力テストで子供たちの何を判断しようとしているのでしょうか。
学校の教育を知りたいのだったら、大阪府の全ての子供たち一人一人と、最低でも数ヶ月は一緒に暮らして、テストの点数が悪いのは、怠け者なのか、能力がないのか、障害があるのか、悩み事があるからなのか、初等教育の段階で家庭環境などの補助が得られず、学習というそもそもの方法を覚えることができなかったのか、または日教組が悪いのか、一人一人の子供たちを知ってから判断していただきたいとおもいます。
橋本氏の競争とは恵まれた環境で生まれ育ちたっぷりと愛情と教育をそそがれた能力のある子供、もしくは類まれない反骨精神の持ち主vsその他という競争です。これで教育はOKというのでは、こどもたちの格差は簡単に広がってしまいます。彼のこの高校生との対談を聞いて、はっきりいって、ごつん、とゲンコツをしたいのは、あなたですよ、本当にもう、と思いました。
教育は競争ではないのです、オリンピックでもありません。子供たちが健全に学ぶ環境は大人が責任を持つものだと思います。
7人も子供がいるのに、どうしてそんなこともわからないのか疑問でしょうがありません。
トリイヘイデンの「シーラという子」をはじめ、彼女の著書を数多く読んでいて、家庭環境や障害などの問題のある児童が貧困や犯罪者の人生に導かれていってしまう事実を知っていました。このような問題が日本にもたくさんあるのだろうと不安に思っていましたが、現実に具体的に知ってしまうと、やはり呆然と、やるせない思いで一杯です。
本書の内容を読むにつれ、山本譲司氏のお子さんは父親のことを誇りに思っていることでしょう。(ただし、あまりにクリーンで潔癖で正論ばかりを言う父親は思春期の男の子にとっては煙たいかもしれませんね、実際の山本氏は実はいいところもわるいところもある人情味溢れる人物であり続けて欲しいと思いました)。
本書を読むと、、この日本はどんな未来に向っているのか、、真面目に国民ひとりひとりが政治に関心をもつべき、最終ゴングがなってしまったように思います。
「わたしの指図に従わないなら日本から出て行ってください」。。もしかしたら、自分が選挙で選んだ政治家からそんなこと言われる日がくるかもしれないんですよ。
いや、出て行きたくないです。日本で生まれ日本で生まれ育ったのですから。。
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