著者 森村桂 講談社文庫
著者が生前の時は一冊も読んだことがなかったのに、最近になって精力的に森村桂の本を読み漁っています。
本書も、情報源としての旅行記だとしたら、まったく役にたたない、どちらかというと極個人的な日記のようなもので、、今でいったらブログそのものだと思いました。彼女のホテルではなく、生の家庭に入り込みたいと情熱と奮闘ぶり、いろいろな家庭に泊まり、家庭の生活や料理を味わうそんな体験記です。
この本を読んで、十数年前にわたしがはじめてフランスへ旅行したときと同じようなルートで旅をしていて、似たような体験をしていたので、すっかりと遠いところに埋もれていた記憶がバーっと蘇って、とてもとてもフランスのことが懐かしくなってしまいました。
わたしも、若かりし頃、森村氏とまったく同じように、ザルツブルクに短期留学中に知り合いになった文通相手のフランス人のお宅に、今度何月何日にフランスに行くから泊めてくださいと日本から手紙(当時はE-mailではなく、エアメール)を出し、フランス語も全くできないのに、OKの返事をもらうやいなや、ひとりで旅立ってしまったりした向こう見ずな性格だったのです。
若気の至りに違いないのかもしれないですが、本書を読んでいて、自分もなんとあつかましい人間だったのだと、冷や汗をかいてしまいました。(まさに人のふりみてです・・)
しかも、本書で描かれているのですが、森村桂は北フランスの小都市リールの近くのベルーという小さな村に民泊させてもらったというのですが、わたしもやはりリールから電車で30分くらいのQuesnoy-sur Deule(今でも読み方がわからない)という村に民泊させてもらったので、なんと自分とそっくりな行動をしたのかと読んでいてびっくりしました。
そのときお世話になった友人は今はパリ郊外に住んでいますが、彼女のお母さんは今でもその村に住んでいて、毎年クリスマスカードを送ってくれますし、その友人の元彼の友だちだったG氏はずっとリールに住んでいてやはり時々絵葉書などを送ってくれます。
森村桂は70年代に旅したということですが、わたしが訪れたのは90年代でしたが、彼女の体験とほぼかわらず、、「このまちに来た日本人はあなたがはじめてだ」と言われたのです。フランスの北の小さな田舎町には、中華レストランもすし屋もその当時はなくて、チャイニーズフードもジャパニーズフードも食べたことがないと言っていました。
今はどうかわかりませんが、当時、北フランスの田舎町では、東洋人はかなりめずらしかったと思います。
初めてその村を訪れたとき、わたしは駅前で、文通相手のフランス人の家に住所だけを頼りに向ったのですが(当時はもちろんグーグルマップなんてありません)。駅前には交番も地図もなく、、途方にくれて、駅前の小さなカフェに入って道を尋ねました。。ところが小さな田舎町、ひとりとして英語をしゃべれる人などいるはずもなく、、それでも、店のマダムも、おばぁさんも、お客さんも、わたしを取り囲んで音声多重のフランス語で一生懸命説明をしてくれるのです。
もちろん、ひとことも全くわからなかったので、とても困った顔をしていると、そこにいるみんなで、お手製の地図を描いてくれました。途中にある大きな木や橋、教会、、通りの何本目の道を曲がればよいのか、詳しくかいてくれて、わたしはついに目的の文通相手のお宅にたどり着くことができたのです。(ちなみにその文通相手は、昼間は仕事があるから迎えにいけないと手紙が届いており、大丈夫だ、住所があるからひとりで行くと大胆な返事を送り返していたのです)。
本書を読んだら、フランス人はあまりよそ者を家の中に入れたがらないということが書いてありました、そうだとしたら、なんと私はあつかましくもお邪魔になったのだろうと。。
でも、その友人は次々と恋人や友人を紹介してくれて、その友人たちのお家のディナーにも招待してくれました。本書で描かれているように、たっぷり2時間以上かけるのんびりした楽しいディナーでした。
また、パリ郊外に住む友人にも電話をしてくれて、パリに行ったときは泊めてやってくれと交渉してくれて、パリではホテルに泊まるつもりだったのに、結局パリでもフランス人宅に泊めてもらうことになり。。フランス人はよそ者に冷たいなんてのは全くのでたらめで、どの人もとっても親切だったなぁと、、そんな様々な遠い昔の記憶が次々と蘇ってきました。
シャトーめぐりも、ほとんど忘れかけていたのに、「そうそうそう~こんなこともした~」って思い出せました。
若いときの向こう見ずも、、歳をとると冷や汗ものではありますが、青春の体験としてはとてもいい体験なのかもしれません。
遠い異国からきた東洋人の娘を快く招いてくれて、ご馳走とベッドを提供してくれた彼らには本当に感謝です。
さすがに、この歳になってしまうと、こんなチャレンジをするパワーがなくなってしまいました。考えてみるとちょっと寂しい気持ちもしてしまいます。
当時インターネットやらブログやらがあったら、きっとびっしりと体験記を書いていたかもしれないなぁなんて、この本を読んで思ってしまいました。
それにしても、70年代に、こんなに冒険心に飛んだ(あつかましくて向こう見ずな女性がいたというのが、すごいことだったのかもしれません)。でも、70年代といったら、向こう見ずな女性が次々と発生していた時代なのかもしれません。ミニスカートとか。。パンタロンとか。。そんな時代だったのかな?
そのときには、余りにもフランス語が通じなかったので、文通相手の友人の通訳(彼女は英語が堪能)がないと、彼女の家族や友だちと全く会話が出来ず、その後、少しばかりフランス語をかじったのですが、、こちらはまったく役に立っていません。
この本を読むにつけ、彼女は枠にはまらない破天荒な自由人だったのに、それを理解しない昔かたぎの九州人(彼女の前夫)に、昔かたぎの女房を押し付けられて、窒息寸前だったのじゃないかと、そんなことを思ってしまいました。
その後、彼女を襲う悲しみを知っているだけに、本書をまた別の側面からも読んでしまいました。でも、たしかにこの本で描かれているパリ滞在中の森村桂は最高にフランスを楽しんで、とても幸せだったと思うのです。
この本の中の森村桂は、誠に、ケ・セラ・セラでした。。
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