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2009年4月30日 (木)

人びと

この4月は、ずいぶん多くの友人たちと歓談しました。

六本木で飲んだ友人Nは元同僚でいまではかなり長い親しい友人です。親の住む実家にも泊まりにきてくれる仲で、悩みも沢山聞いてくれています。

新宿で飲んだ友人Fも元同僚、お芝居や映画に良く行く友人です。わたしが落ち込んでいるときは直ぐ会ってくれて、そして心配してメールを送ってくれる古いつきあいの友人。

昨日我が家でのホームパーティに来てくれたTファミリーは奥さんのEが現在福岡に住む友人Aと仲良しで、その縁で仲良くなった友人。それから旦那様Kとお子様Nちゃんと知り合いになりました。

一緒にお花見に行った電機メーカー勤務のP、御歳70歳のわが心の師T、美人公認会計士のO、損害保険会社勤務の酔っ払いMとコンサルタント会社勤務のN親子とは昔英語の勉強会で知り合った随分長い飲み仲間たち。

新橋で飲んだSも電機メーカー勤務の元同僚で、忌憚ない会話のできる悪友。

新宿で宴会をした連れの友人たちの顔ぶれはまた豊富。精神科医Aと歯医者のT、Tの奥さま、そのお子ちゃまのDくんとMちゃん、某大手不動産会社の役員B、カナダ在住で一時帰国のマダムC、うつ病で休職リハビリ中の東大出K、老母の在宅介護をするT、労働組合委員長のH、家庭農園愛好家のS、キャリアウーマンのI、恐妻家のD、愛妻家のF、銀行マンのN。

六本木で飲んだ食品メーカー勤務のMは、絵画教室で知り合ったとっても気配りの人で、とても優しい友人です。

新橋で飲んだ電機メーカー勤務のEも元同僚、年下のチャーミングで可愛い友人。

うーん、これまで29人(お子ちゃま4人含む)と飲んだのか。。

明日は故M兄が引き合わせてくれた友人たち、M、Sと有楽町で飲む予定。

こんなに多くの友人と一気に会うことは滅多にないことです。肝臓は多少疲れ気味です。

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2009年4月27日 (月)

キャプテン・アメリカはなぜ死んだか

著者 町山智浩 太田出版

本書は、アメリカ的な生活、風俗、TV番組や映画などを題材にアメリカを知る面白い作品です。でも、著者の出版物のネタはかぶっている。前に読んだ内容が多い。興味深かったのは、アメリカではクレヨンしんちゃんはR指定で子供は見ることができない、大人向けのアニメだということ。

しかし、アメリカという国は合衆国というだけあって、不思議な国です。国全体が清濁合わせ飲んでいるんですよね。アメリカ人という民族がいないというのが多きいいのでしょう。(ネイティブアメリカンという民族はいるのだろうけれど)。

アメリカ人というのは、つまりはアメリカ合衆国に住む国民というだけですので。

民主党の鳩山さんが、日本は日本人(日本民族?)だけのための国じゃないという発言をして物議を醸しましたが、彼は日本をアメリカ合衆国のようにしたいのかなとも思いました。

たしかに、日本列島の住人の大多数がたまたま日本民族なわけで、少数民族のことも配慮する必要はあると思います。

だって、日本列島に住むのは日本民族だけです、なんて誰も決めたわけではないし、憲法にも書いていないでしょう。

パレスチナ問題も、スリランカの内戦も、ルワンダの大虐殺も、コソボの内戦も、グルジアの内戦も世界各地でおこるゲリラ、テロ活動は、自分と違う主義主張、宗教、生活習慣などを持つ人を強引に排斥しようとしたことからおこっている悲劇です。

大企業にたまたま運良く所属して、その名刺のおかげでペコペコされているだけなのに、まるで自分が偉くなった気でいる小者の商社マンと、日本国籍を持っているだけで偉くなった気で、不法滞在者の子供に国外退去を強要するデモをしたりする小者の日本人は似ています。

少なくとも、大企業に就職するには、少なからずの努力があったかもしれませんが、日本国籍を持っている日本人はなんの努力も不要です。たまたま日本に生まれただけなのです。そんなことで鼻を高くしてどうするのでしょうか。それこそ、日本人として卑怯な恥さらしをしているです。そんな輩に愛国心などないと言ってもよいでしょう。自分の所属する社会よりも相手がマイノリティの立場だったら、謙虚に尊重する、そんな心が必要なのではないでしょうか。

本書の感想が関係ないところに発展してしまいました。

アメリカの番組で、マイノリティの生活を30日間経験させるという番組があるといいます。経験なキリスト教徒でイスラム差別者の男が、イスラム教徒がもっとも多い地域で暮らすことになります。この地域では、そのキリスト教徒の男がマイノリティなのです。そして、イスラム教徒たちと暮らしてみると、彼らがどれだけ礼儀正しく親切で、信心深いイスラム教徒なのかということを知り、25日後には、イスラム教徒差別に反対する運動をするようになった。といった内容のテレビらしいです。著書はこういいます「外国人を追い出せ」とか騒いでいるやつらに、30日間中国人や韓国人の名前で生活させる番組を作ればよいのに」と。

想像力のある人間は、弱い立場の人と同じ立場にならなくたって、自分がどんな気持ちになるかがよくわかるものですけれど、想像力のない人間は、経験しなければ、差別されることがどのような気持ちなのかが、わからないから。

障害者を心無く差別して傷つける人には、いちど手足をなくして生活してもらうしかないということ。

外国人を無責任に差別する人は、日本人がひとりもいない環境で、いちどマイノリティとして暮らしてみればよいのです。

と、やはり本書と関係ない感想になってしまいました。

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Forget me not

作詞作曲 尾崎豊

小さな朝の光は 疲れて眠る愛にこぼれて

流れた時の多さに うなずく様に よりそう二人

窓をたたく風に目覚めて 君に頬をよせてみた

幸せかい 昨晩のぬくもりに

そっとささやいて 君を強く抱きしめた

初めて君と出会った日 僕はビルのむこうの

空をいつまでも さがしてた

君がおしえてくれた 花の名前は

街にうもれそうな 小さなわすれな草

とてもよい。

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君たちはどう生きるか

あえ著者 吉野源三郎 岩波文庫

中学1年生のコペルくんと、叔父さんとの会話によって、世界のしくみや歴史について考える話です。

1937年に出版されたという本書ですが、今の日本の状況が37年当時と似ているのかもしれません。なんとも示唆に飛んだ内容が満載です。

まずは、麻生首相に読んでいただきたい。難しい漢字にはルビが振ってあるから読めると思います。「銀座」、「昼間」、「叔父さん」などという漢字にもちゃんとルビが振ってあるので安心です。

人間の本当の値打ちは、いうまでもなく、その人の着物や住居や食物にあるわけじゃあない。どんなに立派な着物を着、豪勢な邸にすんで見たところで、馬鹿な奴は馬鹿な奴、下等な人間は下等な人間で、人間としての値打ちがそのためにあがりはしないし、高潔な心をもち、立派な見識を持っている人なら、たとえ貧乏していたってやっぱり尊敬すべき偉い人だ。

しかし、自分自身に向っては、常々それだけの心をもっていなければならないにしろ、だからといって、貧しい境遇にいる人々の、傷つきやすい心をかえりみないでもいいとはいえない。

若い衆たちは、自分の労力のほかに、なに一つ生計をたててゆくもとでをもっていない。一日中からだを働かせて。それで命をつないでいるのだ。こういう人々が万一、不二の病気にかかったり、再び働けないほどの大怪我をしたら、いったいどうなることだろう。労力一つをたよりに生きている人たちにとっては、働けなくなるということは、餓死にせまられることではないか。それだのに、残念な話だが今の世の中では、からだをこわしたら一番こまる人たちが、一番からだをこわしやすい境遇に生きているんだ。粗悪な食物、不衛生な住居、それに毎日の仕事だって翌日まで疲れを残さないようになどと、ぜいたくなことは言っていられない。毎日、毎日、追われるように生きていくんだ。

このあたりなどは、湯浅誠氏が「反貧困」などで語るためのない人たちの話と一致しているではありませんか。1937年と、2009年の日本の情況が似ているとしたら、あと数年で戦争の泥沼がはじまってもおかしくはありません。

考えてみたまえ。世の中の人が生きてゆくために必要なものは、どれ一つとして、人間の労働の産物でないものはないじゃあないか。いや、学芸だの、芸術だのという高尚な仕事だって、そのために必要なものは、やはり、すべてあの人々が額に汗を出して作り出したものだ。あの人々の労働なしには、文明もなければ、世の中の進歩にもありつけないのだ。

高級ホテルで首相にとってははした金で飲むブランデーためには、葡萄農園の農民の何ヶ月にもわたる労力、蒸留所の作業員の何十年にもわたる労力、瓶詰めをする人の労力、荷物を運ぶ人の労力、輸入して販売する人の労力、仕入れて、サービスする人の労力、ブランデーのボトルやブランデーグラスにいたっては、ガラスの原料の採掘も必要です。高級クラブのブランデーグラスはガラス工房で作られた手作りのグラスかもしれません。また、ホテルのバーを清掃する人の労力も必要です。つまり、首相が、なんの気なしに高級バーでブランデーを飲むためには、世界中の無数の名もなき人々の労力が必要なのです。

おそらく首相が片手で短い時間で飲み干す液体のために、100人近くの人の労働に支えられているのです。そんなことに思いを馳せてくれたなら、税金というのはどういうお金なのかということにも思いが至るとおもいます。汗水たらして働いたことのない人間でなければ、定額給付金のようなつまらない政策を考え付いたりしないように思うのです。

君は、生産する人と消費する人という、この区別の一点を、今後決して見落とさないようにしてゆきたまえ。この点から見てゆくと、大きな顔をして自動車にそりかえり、すばらしい邸に住んでいる人々の中に、案外にも、まるで値打ちのない人間の多いことがわかるに違いない。また、普通世間から見下されている人々に、どうして、頭をさげなければならない人の多いことにも、気がついて来るに違いない。

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ニューハーフショー

旧友の飲み会がありました。

その二次会に流れようとした6人(男性4人、女性2人)のうちの一人である精神科医Aが、行きつけの店があるから行こうと言い出しました。

果たして、その行きつけの店とはニューハーフのショーパブでした。聞いてないよ。

一次会が飲み放題で、相当酔って満腹なのに、その店は一人ずつ料理をワンオーダーしなければならないシステム。

ニューハーフショーは、楽しいのでしょうが、一次会で散々お酒を飲んでいて、体力的に疲れているので突然のテンションの高いショーが一向に楽しめない。常連のAのみがノリノリです。同行した他の5人はこういう店とは知らず、思いっきり引きまくり。なんと申し上げたらいいのやら、、という顔をしている。

ショーの後にはダンサーたちが席を回ってトークに応じてくれるのですが、酔っ払ったおじさんたちのくどくてつまらない話に、引き攣った笑顔が痛々しい。

ショーの後で相当疲れているはずなのに、その後、おじさんたちのくだらない話に作り笑顔で対応しなければならないなんて、なんて過酷なお仕事なのだろう。プロだけど、大変ですね。

Aはそんなダンサーさんが本当に楽しんでトークしてくれていると信じているらしい。連れてきた友達たちはこのショーに引きまくって当惑していることに気がついていないらしい。

そんなKYで、本業の精神科医のお仕事は勤まっているのだろうか。患者さんは大丈夫だろうか。逆にそんなKYだから精神科医が勤まるのだろうか?患者さんの心が読めてしまったら、辛く悲しくなってしまってお仕事が勤まらないのでしょうか?

日本では、心療内科やカウンセラーなど、話を聞いてくれる人が少ないから、銀座のホステスさんや、街角の占い師さんの商売がなりたつのだろうなと、そんなことを思ってしまいました。

ニューハーフショーの感想は、健康ランドでみた大衆演劇とコンセプトが一緒。

新宿のショーパブは、ちょっとお金に余裕のあるおじさまたち向け。健康ランドはそれ以外のお客さん向け。そんな感想。

ダンサーさんは、日々踊りの鍛錬に励んでいるのだと思います。国民のストレス発散を底辺で支えている素敵なお仕事なのだと思いました。

でも、お仕事は、ショーだけでいいのでは?接客はいらないのでは?

そして、AもAだ。数年ぶりにあったのだから、友達同士で会話できる店に案内しようよ。常連さんらしくて、友だちを連れて行けば、お店でのステイタスが上がるのかもしれませんが。。ダンサーさん(ホステスさん)が次々に席に挨拶にきたけれど、ホステスさんと会話してどうするの?無理に会話をあわせようとするホステスさん(ニューハーフだけど)にこっちはとても気を遣ってしまい、精神的に疲れてしまいました。

そして会計。一次会と同じひとり5千円。。。。Aは「思ったより安かった」なんて言っていたが、いや、高いと思う。

とても楽しくないニ次会でした。

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2009年4月20日 (月)

チョコレートバナナケーキ

先日、森村桂レシピの忘れんぼのバナナケーキが思いがけず成功したことに気をよくしたので、このところ、早く帰宅した日はバナナケーキを焼いています。

森村桂の忘れんぼのバナナケーキのレシピをアレンジしてみました。

今日は先日のレシピに友人からだいぶ前にもらったまま冷凍室で眠らせていたロイスの生チョコを2欠けほど入れてチョコバナナケーキに。

チョコ混入以外は全て同じ量。ケーキ用のカップは100円ショップで60枚入100円で購入したもの(どれだけこれから焼くつもりになっているのだw)

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なかなか美味しくできました

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慶次郎縁側日記

著者北原 亞以子 新潮文庫

シリーズものの江戸町人人情小説?「傷」、「再会」と読みました。

最近、両国界隈をめぐっているので、界隈が舞台とかぶっていて、尚さら面白い。

ドラマにもなっているらしい。おすすめです。

慶次郎のような上司がいたら、部下は幸せでしょう。いないけど。

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2009年4月17日 (金)

春の宴

春になってから、、飲みの約束が目白押し

4/4花見の宴会で6人と飲んだことにはじまり、これからの一ヶ月の間に、数えてみたら計32人と飲む勘定。。これからの予定というと・・

4/17新橋で友人S男と

4/22六本木で友人Nと

4/24赤坂で友人Fと

4/25新宿で連れの友人15人と

4/27新橋で友人Eと

4/28六本木で友人Aと

4/29友人Tの家族3人と

5/1有楽町で故M兄を偲ぶ会2人と

5/8高田馬場で相撲好きの友だちKと

肝臓、働け。そして財布は大丈夫なのか?

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2009年4月15日 (水)

その後が気になる出来事

しばらく前にいった居酒屋での話です。

隣の席の若いカップルが、仲良く鍋をつついていたのですが、〆の雑炊を彼氏が作ってあげようとしたところ、彼氏がうっかり手を滑らせて、溶き玉子の器を鍋に落としてしまったのです。そして、鍋の中身がけっこう豪快に周辺に飛び散ってしまいました。

隣の私たちの座布団にも飛びんできたので、ここで普通の感覚ですと、周囲の人に大丈夫ですか服は汚しませんでしたか、お怪我ありませんでしたか、と気を遣うと思うのですが、この若いカップルはちがいました。

鍋のスープは彼女の服にもかかってしまったのですが、彼氏が「大丈夫?熱くなかった?」と心配して声をかけたのですが、彼女は「熱いにきまってるじゃない、最低~、もうクリーニング屋空いてないんだよ、どうしてくれるの」とキレはじめました。

この時点でびっくり、彼氏はわざとではないし、彼女のために雑炊を作ってあげようとしていたので、この事故を気にしているのは彼氏の方にきまっているのです。思いやりがあれば、やけどをしたわけでもなく、服にかかったくらいだったら、「大丈夫、気にしないでいいよ」って言うのではないかと思ったのです。なのに、、「クリーニング屋もうあいていないんだよ、どうしてくれるの?」とは・・(いまどき、ウールだって、自宅でエマールかアクロンで洗濯できるし(この娘はそんなことも知らないらしい)。

そして、その後、しょんぼりうなだれて「そんなに怒らなくてもいいじゃない」という彼氏に、散々ぐちぐちと文句を言った挙句に、「ひとりで飲んでいけば、私帰るから」と立ち上がり、呆然としている彼氏を残してひとりで帰ってしまいました。

その後、しばらく呆然としていた彼氏は、呆然としながらお会計をして、トボトボと店を後にしました。

いや~なんとも、後味の悪い事件を目撃してしまいました。。彼らがこちらの席の座布団に飛ばした鍋のスープは彼女が席を立った後に、こっそりと拭き取りました。こちらにまでスープが飛んだことがわかると、彼女がそのことでさらに逆上して彼氏を攻めそうで、身動きとれませんでした。

あの二人、その後どうなったのでしょう。彼氏は結構イケメンでしたが、彼女は小太りで普通なかんじ。。どんな勘違い女なのでしょうか。わたしたちは、彼らが立ち去ったあと、あんなひどい女別れたほうがいい、などと話してしまいました。

でも、世の中わかりません、ひょっとすると彼は家に帰って彼女に電話をして、そして平謝りをして仲直りをしたのかもしれません。

その後のふたりが気になるところです。彼氏はいまどきはやりの草食系男子だったのでしょうか?

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2009年4月14日 (火)

忘れんぼのバナナケーキ

最近森村桂本を読み漁っていたために、どうしても、彼女の本に登場する、忘れんぼのバナナケーキを作りたくなり、挑戦しました。

「森村桂パリへ行く」に書いてあったのですが、私たちがよく知っているパウンドケーキはフランス語でキャトルキャーというそうです(おそらく4分の1という意味なのではないかと想像)。

卵の重さと同量の、小麦粉、砂糖、バターを同量づつ混ぜて、焼くだけ。

そして、スーパーでひと房98円のバナナを見つけてしまい、作る気モードに。。

一応料理用ラム酒330円とバニラエッセンス175円だけは別途新規に購入しました。

あとは、自宅にある材料で作れます。

  • 卵一個がLサイズで70gだったので、その他の材料も70gにしました。
  • 砂糖だけは控えめで30gに。。
  • 一時期凝ったうどん手打ち用に買ってあった小麦粉70g
  • カロリー1/3の明治の「チューブでバター」という代用バター70g
  • 年代物の缶入りベーキングパウダー(賞味期限不明)を茶さじで少々とバニラエッセンス2滴
  • ラム酒に数分漬けこんだバナナ1本

上記を、森村桂の本の通り、適当に手ごねして、こちらも、食器棚の奥で冬眠していたSサイズの紙製パウンド型に流し込み、180度のオーブンで20分。

そして完成!なんと、甘さ控えめのちゃんとしたお菓子ができました。しかも美味しいし・・簡単すぎです。粉やバターにこだわればもっと美味しくなるのでしょうがこれで充分です。

材料あれば、30分でケーキって作れてしまうんだとなんだか嬉しくなりました。

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森村桂、こんなに人を簡単に幸せにできる人だったのに、お亡くなりになってしまったことが、ますます寂しいかぎりであります。。

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2009年4月13日 (月)

ふたりは二人

著者 森村桂 角川文庫

彼女のデビュー作「天国に一番近い島」を読んだ前夫が、感激したと手紙を書き、そして彼女に会いにきて、3度目に会った日にプロポーズをされ、婚約、結婚、新婚旅行、ふたりの結婚生活の最初の1年が描かれています。

おそらく夢見る乙女だった森村桂は、周囲の反対や忠告にも耳をかさずに結婚を決断してしまう。彼の友だちまでが、碌な男ではないからやめたほうがよいと忠告しているにもかかわらず。。(ただし、彼女の友だちも同様に彼に苦労するからやめたほうがよいと言っていたのだが)。欠点だらけの似たもの同士は、割れ鍋に割れ鍋、閉じる蓋がないので、ありとあらゆることがぴったり収まらない。

それでもなんとか1年目は乗り越えました。この最初の1年間、確かに二人は幸せだったのだろう。

いや、幸せと思い込もう努力していたわけですが、それは本当に幸せなのでしょうか?

でも、そんなこといったら、幸せなんて、誰にとっても自己満足の思い込みに大きくかかっていると思います。本人たちが幸せと思うことがやはり幸せなのでしょう。

離婚後の彼女の回想録などを読んでも、きっと、少なくても、森村桂にとっては、苦労や悲しいことや、報われない思いも沢山抱いていただろうけれど、それでもこの旦那さまのことを信じたい、愛したいという熱望で溢れていたことがわかります。人を恋する、人を深く愛する気持ちで溢れているときが、人は一番幸せなのではないかと思うのです。

過去の出来事にもしも、なんて考えることはとても空しいけれど。彼女の愛や希望を理解し受け入れてくれる器の大きな旦那さまだったなら、今でも沢山のエッセイを書いて、多くの読者に夢や希望を与えていたかも知れなかったと思ってしまうのです。(田辺聖子のように)。または、田辺聖子の姥シリーズのようにこの離婚をモヤモヤさん(という神様)のいけずだと思って、くよくよせずにアラヨっと乗り越えることができたなら。。なんてことも思ってしまいました。

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尾崎豊

友人に誘われて、尾崎豊の楽曲で構成されるというMissing Boysというミュージカルを近々観に行く予定です。

自分は尾崎豊のかなりのファンであります。

といっても、今は全く聴いていません。ときどきラジオで「卒業」などが流れると胸がキューンとする、そんなファンです。でもいまでも尾崎豊の曲が大好きです。

そんなわけで、数年前にリリースされた、尾崎豊のトリビュートアルバムのGreenとBlueは思わず買ってしまいました。

しかし、尾崎豊を冒涜された気分になって、この二枚のアルバムは結局一回しか聞きませんでした。

今回、ミュージカルにも行くことだし、久々にこのアルバム聞いてみようと思い立ち、CDの山のなかから探し出して再聴してみました。

そしてやはっぱりこのアルバムは許せません!(怒)アレンジしまくり、、これはひどい。

とくにCoccoや175Rはひどすぎます。宇多田ヒカルはそれほどアレンジはしていませんが、それでも何かが違う。ちょっといやだ。。ミスチルはぎりぎり許せましたが。。それでも違う・・尾崎の曲には尾崎のあの声が必要なのだと再認識しました。。

ということは、、ミュージカル。。いたたまれない気持ちで過ごすことになるかもしれません。。

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2009年4月10日 (金)

ヘンリー・ダーガー非現実の王国で

ジョン・マクレガー著 作品社

ネットサーフィン中の記事でヘンリー・ダーガーという作家の存在を知りました。

シカゴで生まれたヘンリー・ダーガーは4歳で母親をなくす。その後父親は体を壊し、若くして施設で暮らす。父の死後、施設を脱走し、シカゴへ戻った彼は、病院の雑役夫として81歳まで小さなアパートの一室で孤独な一生を過ごす。

彼の死後、アパートの部屋の整理をしようとした大家が、彼の部屋に入ると、そこには1万5千ページ以上という、膨大な枚数の小説と、彼の描いた挿絵が残されていた。それが「非現実の王国で」だといいます。

この話を聞いて、どうしてもその絵とストーリーを見たくてたまらなくなり、一冊の本として一部をまとめられた本書をアマゾンで取り寄せてしまいました、6500円という高額だったのですが、躊躇なく。

そして、すばらしい本を手に入れたと思いました。

これは山下清の作品に出会ったときと同じ感激です。

挿絵として描かれた絵画はヴィヴィアンガールズという美少女たちを中心として、子供を奴隷とする王国との戦いが描かれています。

雑誌などの写真や絵をトレースして描いたということですが、そのコラージュ能力はまさに天才だと思います。どの絵も、どの絵もとても魅力的です。

冒頭に挿絵の一部、巻末にストーリーの一部が掲載されています。

ヘンリー・ダーガーは死ぬ前に、部屋にあるものはすべて燃やしてくれと大家に頼んでいたそうです、この芸術的価値がわかる大家で本当によかったと思いました。また、この作品の所蔵や保存、復元などに、資生堂がかなりの出資をしているらしくて、なんと良い文化的支援を行ったのかと、資生堂を見直してしまいました。資生堂の化粧品は肌に合わず仕えないので、せめてこれからは資生堂のシャンプーを使おうと、そしてもしもお金に余裕ができたら、株も買おうなんて思ってしまいましたよ。

本当に、この作品が燃やされなくてよかったと思います。いつか、所蔵されている美術館にも訪れてみたいと思います。(以前、日本でも何回か展示されていたようです、そのころ、ヘンリー・ダーガーの存在をしらなかったことが悔やまれます。)

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2009年4月 9日 (木)

12時の鐘が鳴るまで

著者 森村桂 中央文庫

それでも朝は来るのその後を語っています。

信頼している人との別れの経験があり、それがどれほどつらくて、悲しくて、そのことが人生を楽しく生きることの壁になるかを知っているので、彼女の苦しみを理解できてしまうのです。

前夫との別れ、悲しみ、現在の夫との出会い、婚約、結婚式、西荻での新生活、軽井沢など、気持ちの振幅が激しく、決して立ち直ったとは思えない内容が多かったのですが、最後のあとがきでは、なんとなく平和そうでしたが、実際はそうではなかったことがその後の彼女の再婚相手の手記で描かれています。

彼女は、ニューカレドニアに旅した20代のころから、今では一般的に言われている、新型うつ病だったのだろうなという印象があります。

自分が没頭できる好きなことをしている間はとても元気、それ以外、森村桂の場合ですと、家事や単純作業やそりの合わないひととの付き合いなどで、そういう環境下に置かれるとあっという間に体調が悪くなってしまう。適応障害のような症状だったような気がします。彼女の母親も同じタイプのようでしたから、遺伝的なこともあったのかもしれません。本書では、前夫の小姑が離婚の原因だなどという被害妄想的なことも書いています。前夫の側から名誉毀損などの裁判にもなっていないようですので、書かれている内容は殆ど真実なのかと思いますが、、それにしても、赤裸々に語っています。やはりなんらかの神経症のようなものがあったように思えます。

彼女が大企業に勤めていたら、それでも、ときどき長期休暇をとって、海外旅行などして、また職場復帰なんてことが可能だったのかもしれませんが、フリーでこの病気ですと、経済的にもあっというまに困窮してしまうでしょう。

作家という比較的恵まれた経済状況にあったとしても、かつて、同じ作家だった父との貧困生活を体験している彼女にとって、この経済的困窮という恐怖感がさらに彼女の病気を悪化させてしまっていたのかもしれません。そのとき頼りに、開業医や高級官僚のような旦那様がいればよかったのですが。。前夫も、現在の夫も、彼女の文章からは、なんとなく経済的には頼りになるとは言いがたい存在だったような気がします。

彼女の金銭感覚からみても、うつ病認定でもらう年金や、生活保護だけでは、暮らしていけそうにもないと思いました。

彼女が元気で暮らしてゆくには、軽井沢なんかに引っ越さずに、夫婦で世界のいろいろな国の特に刺激のある都会を旅して、そしてその土地の料理やお菓子作りをならって、そこでの暮らしを活字で発信し続けることが必要だった気がします。。

そういった意味で、田舎に引っ込んでしまって命を経ってしまったバージニアウルフにもちょっと近い悲劇があったように思えてなりません。

あんなに、単調な生活では脳味噌がくさると言っていた彼女を軽井沢の山奥に住まわせて、毎日ケーキ作りをして、ときどき好きな絵を書いてというのは、、果たして、正解だったのでしょうかと思ってしまいました。

今となっては、そんなことは言ってもはじまらないのですが・・・

貧困妄想、被害妄想、自己愛、ジゾイド、心気症、彼女の過去の作品は、夏目漱石の数々の小説と同様に、精神医学の世界で語られる題材のような気がします。

なぜ、漱石は学校推薦図書にもなっているのに、森村桂は絶版なんでしょうね。

「虞美人草」や「こころ」「行人」と「それでも朝がくる」の世界はなんとなく似ているような気がするのですが。。

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2009年4月 6日 (月)

森村桂パリへ行く

著者 森村桂 講談社文庫

著者が生前の時は一冊も読んだことがなかったのに、最近になって精力的に森村桂の本を読み漁っています。

本書も、情報源としての旅行記だとしたら、まったく役にたたない、どちらかというと極個人的な日記のようなもので、、今でいったらブログそのものだと思いました。彼女のホテルではなく、生の家庭に入り込みたいと情熱と奮闘ぶり、いろいろな家庭に泊まり、家庭の生活や料理を味わうそんな体験記です。

この本を読んで、十数年前にわたしがはじめてフランスへ旅行したときと同じようなルートで旅をしていて、似たような体験をしていたので、すっかりと遠いところに埋もれていた記憶がバーっと蘇って、とてもとてもフランスのことが懐かしくなってしまいました。

わたしも、若かりし頃、森村氏とまったく同じように、ザルツブルクに短期留学中に知り合いになった文通相手のフランス人のお宅に、今度何月何日にフランスに行くから泊めてくださいと日本から手紙(当時はE-mailではなく、エアメール)を出し、フランス語も全くできないのに、OKの返事をもらうやいなや、ひとりで旅立ってしまったりした向こう見ずな性格だったのです。

若気の至りに違いないのかもしれないですが、本書を読んでいて、自分もなんとあつかましい人間だったのだと、冷や汗をかいてしまいました。(まさに人のふりみてです・・)

しかも、本書で描かれているのですが、森村桂は北フランスの小都市リールの近くのベルーという小さな村に民泊させてもらったというのですが、わたしもやはりリールから電車で30分くらいのQuesnoy-sur Deule(今でも読み方がわからない)という村に民泊させてもらったので、なんと自分とそっくりな行動をしたのかと読んでいてびっくりしました。

そのときお世話になった友人は今はパリ郊外に住んでいますが、彼女のお母さんは今でもその村に住んでいて、毎年クリスマスカードを送ってくれますし、その友人の元彼の友だちだったG氏はずっとリールに住んでいてやはり時々絵葉書などを送ってくれます。

森村桂は70年代に旅したということですが、わたしが訪れたのは90年代でしたが、彼女の体験とほぼかわらず、、「このまちに来た日本人はあなたがはじめてだ」と言われたのです。フランスの北の小さな田舎町には、中華レストランもすし屋もその当時はなくて、チャイニーズフードもジャパニーズフードも食べたことがないと言っていました。

今はどうかわかりませんが、当時、北フランスの田舎町では、東洋人はかなりめずらしかったと思います。

初めてその村を訪れたとき、わたしは駅前で、文通相手のフランス人の家に住所だけを頼りに向ったのですが(当時はもちろんグーグルマップなんてありません)。駅前には交番も地図もなく、、途方にくれて、駅前の小さなカフェに入って道を尋ねました。。ところが小さな田舎町、ひとりとして英語をしゃべれる人などいるはずもなく、、それでも、店のマダムも、おばぁさんも、お客さんも、わたしを取り囲んで音声多重のフランス語で一生懸命説明をしてくれるのです。

もちろん、ひとことも全くわからなかったので、とても困った顔をしていると、そこにいるみんなで、お手製の地図を描いてくれました。途中にある大きな木や橋、教会、、通りの何本目の道を曲がればよいのか、詳しくかいてくれて、わたしはついに目的の文通相手のお宅にたどり着くことができたのです。(ちなみにその文通相手は、昼間は仕事があるから迎えにいけないと手紙が届いており、大丈夫だ、住所があるからひとりで行くと大胆な返事を送り返していたのです)。

本書を読んだら、フランス人はあまりよそ者を家の中に入れたがらないということが書いてありました、そうだとしたら、なんと私はあつかましくもお邪魔になったのだろうと。。

でも、その友人は次々と恋人や友人を紹介してくれて、その友人たちのお家のディナーにも招待してくれました。本書で描かれているように、たっぷり2時間以上かけるのんびりした楽しいディナーでした。

また、パリ郊外に住む友人にも電話をしてくれて、パリに行ったときは泊めてやってくれと交渉してくれて、パリではホテルに泊まるつもりだったのに、結局パリでもフランス人宅に泊めてもらうことになり。。フランス人はよそ者に冷たいなんてのは全くのでたらめで、どの人もとっても親切だったなぁと、、そんな様々な遠い昔の記憶が次々と蘇ってきました。

シャトーめぐりも、ほとんど忘れかけていたのに、「そうそうそう~こんなこともした~」って思い出せました。

若いときの向こう見ずも、、歳をとると冷や汗ものではありますが、青春の体験としてはとてもいい体験なのかもしれません。

遠い異国からきた東洋人の娘を快く招いてくれて、ご馳走とベッドを提供してくれた彼らには本当に感謝です。

さすがに、この歳になってしまうと、こんなチャレンジをするパワーがなくなってしまいました。考えてみるとちょっと寂しい気持ちもしてしまいます。

当時インターネットやらブログやらがあったら、きっとびっしりと体験記を書いていたかもしれないなぁなんて、この本を読んで思ってしまいました。

それにしても、70年代に、こんなに冒険心に飛んだ(あつかましくて向こう見ずな女性がいたというのが、すごいことだったのかもしれません)。でも、70年代といったら、向こう見ずな女性が次々と発生していた時代なのかもしれません。ミニスカートとか。。パンタロンとか。。そんな時代だったのかな?

そのときには、余りにもフランス語が通じなかったので、文通相手の友人の通訳(彼女は英語が堪能)がないと、彼女の家族や友だちと全く会話が出来ず、その後、少しばかりフランス語をかじったのですが、、こちらはまったく役に立っていません。

この本を読むにつけ、彼女は枠にはまらない破天荒な自由人だったのに、それを理解しない昔かたぎの九州人(彼女の前夫)に、昔かたぎの女房を押し付けられて、窒息寸前だったのじゃないかと、そんなことを思ってしまいました。

その後、彼女を襲う悲しみを知っているだけに、本書をまた別の側面からも読んでしまいました。でも、たしかにこの本で描かれているパリ滞在中の森村桂は最高にフランスを楽しんで、とても幸せだったと思うのです。

この本の中の森村桂は、誠に、ケ・セラ・セラでした。。

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2009年4月 5日 (日)

お花見

昨日は友人と総勢7名(人生の師と尊敬しているT氏(御歳70歳)、才女で美人のO嬢、最近仕事のストレスか、妙に理屈っぽくなってきたMくん、飲み仲間のS氏、Nちゃん親子)で新宿御苑で花見。さすがにこのところ連日寒かったので、ようやく暖かくなったこの日は今年の中では一番のお花見日和ということでものすごい行列でどうなることかと思いましたが、10分程度で入園できました。

ドリンク、つまみは各自持ち寄りということで、いろいろなつまみやドリンクが集まって楽しかったです。

ひとりは、完全な男のつまみ(ちくわ、チーズ、キムチなど)

あとはサンドイッチややきそばなど穀物系の人が3名

わたしは卵焼き、唐揚げなどを持参

ひとりは手ぶらw

4時半まで飲食を楽しんだあとは、新宿駅前の居酒屋に移動。4時半だというのに結構な人の入りでした。

持ち寄りのつまみに野菜類が不足していたため、みんなが頼むつまみがサラダ類や漬物類に集中。4時半から11時まで店にいて、一人2500円程度の会計だったので、どれだけ御苑で飲み食いしたのかが伺える。Mくんは2次会の間は殆ど酔っ払って寝ていましたが(彼は弱くなった)。

時間が経つのがあっというまの、楽しい花見でした。

近くの別の花見の名所では大学時代のOBの花見も主催されていて、なぜか毎年同日にかぶってしまう。

今日の花見は発起人も私だったので選択の余地がなかったのですが、きっとあちこち掛け持ちしている人たちも多かったのだろうなぁ。

隣国のミサイル打ち上げなど、気になることもありましたが、「ここは赤坂御所と防衛省にはさまれているし、いざとなったらそのまま避難所になるし。。」などとノンキな会話をしながらの花見でした。そうはいえ、東北地方でハラハラしていた方たちのことなども心に浮かび、逆に平和のありがたさを実感した一日でもありました。

新宿御苑は誠に平和でした。北朝鮮にも、春といえば、美しいお花や緑があふれ、子供たちの笑い声や遊びに夢中の歓声、花見のためのご馳走などが並び、友人や家族たちと自然を愛で、飲食を楽しむ、そんな光景がどの国民にとっても日常的になったなら、ひょっとしたら、隣国に緊張を与えようなんて気持ちが起こることがなくなるのかもしれないなぁなんてそんなことをふとおもいました。

失業者が増加し、家や職場を失い、自殺者も毎年増加している、現在の日本も、どの国民にとっても、このようなお花見の光景が日常的ではなくなりつつあるのかもしれません。

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2009年4月 1日 (水)

ドリフ

今日はドリフスペシャルをテレビで観た。

風邪気味で体調が悪いのでぐったりと寝込みながら観ていたのだが、驚くほどつまらなかった。まったく笑いが出なかった(すこしは笑えれば免疫力がアップしたのに)。

なぜ子供のころ、面白いと思って毎週楽しみに観ていたのかが思い出せない。

でも、時々登場した、10代の頃の松田聖子は今観ても、輝くように可愛いと思った。

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それでも朝はくる

著者 森村桂 中央文庫

前夫との出会いと波乱に満ちた結婚生活と絶望的な別れ、そして二番目の夫とのお見合いと結婚までを綴った一冊です。これが実話ではなく創作された小説だったとしたら、アンタイラー並の小説といっても良いとおもいます。

つまり、まるで小説のようなストーリーなのです。なぜこれほど胸を打たれる本が絶版になってしまっているのかがとても疑問です。

彼女の一部の子供っぽい部分が抜けない点を、長所と思う人と、いらっと思う人がいるのもよくわかります。

本書を読んでいて、「自分は雨の日には外出できない体質だから」とか、「自分は不器用だからお手伝いさんなしでは家事もできない」とか、そんな自分が勝手に決めてしまった自分へのルール「自分は~だから」で自分を様々な制約でがんじがらめにしてしまって、自由に動くことが出来なくなってしまったのだと思えます。

そして、おそらく実際にそんな彼女の言動を何様のつもりだ、または、なんたるわがままと不愉快に思った人も少なからずいたことでしょう。前夫のように。でも、自分の作ったルールに閉じ込められてしまった彼女の方がずっと苦しかったと思います。旦那さまだけはそのことをきっと理解して欲しかったのだとおもいます。

そして、そのルールから少しずつ抜けられるようにして、自由に生きられるように軌道修正してあげることが旦那さまとして必要だったのではと思いました。

最初の旦那様には子供すぎて彼女のルールを何ひとつ受け入れることができず、彼女を自由にすることは無理だったし、二番目の旦那様は大人すぎて逆に彼女のルール全てを受け入れてしまって結局彼女を自由にすることが無理だったのかなぁと思ってしまいました。

恋というのは、理屈なんかないので、周りがどうしてあんな卑劣で最低で幼稚な男と。。と思っていても、なかなか恋の最中にいる人間には理解できない。後で冷静になってみて、ようやく気がついたとしたら、さらに、そんな男と人生の大半を無駄にしたのかと絶望的になってしまう。。

彼女はそんな過去と、不安定な内面を抱えながらも、必至にゆるぎない一本の安心できる道を模索していたのだと思います。

前夫の谷口正彦氏は回想録などを出さないと約束してしまったからなのか、一冊も彼女との結婚生活についての出版物を出していないようです。今はもう70歳くらいではないでしょうか?

できれば、前夫の立場から見た森村桂との10年間を描いて欲しかったとおもいます。

また、彼女のお母さんやお友だちもご健在だと思いますので、是非とも回想を書いて欲しいと思います。

どうして急速に彼女のことを世の中は忘れ去ってしまったのでしょうか?

彼女の文章や絵など数々の作品を読んだり見たりする限り、本当に才能に溢れた人だったと思うのです。

なんと、森村桂原作のNHKドラマが橋田寿嘉子の最初の作品だったそうです。視聴率50%くらいあるドラマだったといいます。もう映像は一切のこっていないみたいですが、是非とも脚本を読んでみたい、またはリメイクをお願いしたいものです。

軽井沢のアリスの丘に絶対に行きたくなってしまいました。

2004年の暮れにはじめて「天国に一番近い島」を読みました。これが森村桂作品とのはじめての出会いです。その年の9月に彼女は亡くなってしまっていたことも知らずに読んだのです、、そして、さらに4年以上経って、こんどは二番目の旦那さん三宅一郎氏の回想録にめぐり合いました、、それからというもの、森村桂という人の人生が気になって気になってしかたがなくなりました。

森村桂のような才能はないですが、でも、彼女の内面に自分がかなり似ている部分があるような気がするのです。

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政治的に正しいおとぎ話

著者 ジェームス・フィン・ガーナー DHC

米国にはPolitics Correctという言語があるという。本書では、古典的なおとぎ話に含まれがちな差別表現をすべて撤廃しておとぎ話を書き換えるとどうなるかという実験を行っています。

すべての差別、身体的、性別的、能力的、人種的、年齢的などなどの差別を含まない政治的に正しい言葉に置き換えるということらしい。

背の低い人だと、垂直的にチャレンジしている人

身体障害だと、肉体的にチャレンジしている人

逆に白人は遺伝的にメラニン色素が不足している人なんてなって、なんだか不足って部分で逆に差別っぽくなってしまったりしてます。

特に本書で描かれた「三匹の子ブタ」は面白いです、、というか本書は左翼的な本なのかなぁと思ってしまいました。

オオカミは子ブタが作ったワラの家を吹き飛ばしてそこにオオカミたちのバナナプラントを作ってしまいます。

オオカミはさらに子ブタの木の枝で作った家を吹き飛ばし、そこにオオカミたちのリゾート地を作ってしまいます。

最後にオオカミは子ブタのレンガの家を吹き飛ばそうとしましたが、メタボになってしまったオオカミは心臓発作で死んでしまいます。

助かった子ブタたちは、奪われた土地を奪還すべくテロ組織を構成して、武装してオオカミたちを皆殺しにして奪い返した自分たちの土地で、搾取や略奪のない平等で無償の教育、無償の医療、だれもがマイホームを手にすることができる制度などを打ち立てて理想的な社会主義国家を築きましたとさ、めでたしめでたし、、

なんて話です。理想的な社会主義には搾取者や権力者や支配層などの皆殺しが必要不可欠だとしたら、理想的な社会主義の国に住みたくないや・・ぜひとも皆殺しは避ける方法を考えてくださいなって思う人も多そうです。

やりすぎですが、ストーリー的にはとても面白かったです。続編も読んでみます。

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