著者 森村桂 角川文庫
こうなったら、読破せずにはいられない。。という勢いで、古本屋を漁って森村桂の方を探しています。
結構売っているものですね。本書も100円ですよ。。
本書は1994年、著者がなくなる10年前に改定初版がされているのですね。
もともとは、昭和1975年初版ですから、なんとも長いこと鮮度を失わずに広く読まれてきたかということが伺えます。なぜに絶版?とこの本も深く疑問の一冊です。
本書では、なんともパワフルな著者の姿が描かれています。
どうしても杏ジャムがつくりたくて、長野の駅長さんに電話して、杏を送ってもらったり、
福祉施設のチャリティのために、女優の吉永小百合や巨人の長嶋茂雄、歌手の宮城まり子などの有名人を巻き込んで無料でチャリティに参加させて、ほぼ全額寄付を可能にしまったり。(芸能人などの出演するチャリティーは、出演料を払っているので、収益全額寄付というのはありえないことが常識だそうです)。
身寄りのない青少年のために4畳半のアパートを借りて少女たちを保護したあげく、財団法人設立に寄与したり(現在の財団法人青少年福祉センターの前身だというからおどろきです)。
テレビの対談で、「味噌は三年味噌にかぎる」とふんぞり返って言う、田中角栄(元首相)に、「あなたのような金持ちはいつでも三年味噌が手に入るだろうけれど、一般庶民は簡単に手に入るものではない、その辺の安い味噌をどうやって美味しく食べれるようにするか主婦は頭をいためているんだ」とやり返して、田中角栄をギャフンと言わせたとか。
なんなんだ、なんなんだ一体この人は?と思うくらいのエネルギッシュな人物です。しかも全てが思い立ったら吉日が成功する天然なのですから。
人からお金を借りる方法として、詐欺まがいのことまで書いているし、しかも実践してそれでニューカレドニアまで行ってしまうんだからすこいったらすごいですよ。
最後の章では介護問題について、こんな風に語っています。
日本という国は、つくづく悲しい。どうして、北欧のように、病院がととのっていないのだろう。ヨーロッパのように、ハウス・ヘルパーという人が、どこへでも出かけないのだろう。看護婦さんといわれる人は、どうして、上流家庭ばかりに行くのだろう。
修道院の尼さんたちは、何をしているのだろう。こういう人を助けることが、キリストの教えではないのだろうか。新興宗教の人たち、またしかり。みんな、どこかに、大事な心、何をすべきか、誰が、助けをよんでいるかを、忘れている。
本書で、彼女は前夫のお姑さまが、介護が必要となった家族のいるお世話になった自分の仲人の家庭に二週間にいちどのペースで何十年も通って介護の手伝いをして、その家族をささえていると言う話を紹介しています。
どんなに身近な他人に不幸があたとしても、通夜の晩には、「奥さん、困ったことがあったら何でもいってください、力になりますから」と言っていた人が、四十九日もすぎるとすっかり音沙汰もなくなり、命日を思い出して尋ねてきてくれたらいい方だというのに、お姑さまは、何十年と親戚でもない他人を助けに通っていると語っている。
よのなかには、神様のような人たちが沢山いるものだ。
でも、その神様は、だれにでも訪れるわけではなく、きっと神様のような人たちをひきつける魅力を訪れてもらったその人が持っているのだろうとも思えます。
なきM兄もその能力を持っていたと思う。体に障害があったので、週に一度ヘルパーさんを雇っていたが、彼の会社の先輩は、毎週週末に、とくに義務でもないのに、彼の部屋を訪れ、お昼の弁当を一緒に食べ、簡単な部屋の片付けや用事をしてくれていたというのだ。その先輩にはご家族がいるのに、なんと素晴らしい先輩だろうと思ったものです。
でも、きっとその先輩は善意だけでしていたのではなく、亡きM兄に会いに行くことが楽しみだったのだろうなと思っています。このお姑さまも、きっとこのお世話になった仲人さんの家に行くことを苦にしていなかったのだろう。この仲人さんには神様をひきつける魅力があったに違いないと思うのです。
気付かないうちに、人はいろいろな人の善意に守られてきたんじゃないかと思います。その善意を当たり前と思わずに、神様の行為として、感謝の気持ちを持てる人、そんな人のところに次々と神様は訪れるのかもしれないと、そんな風に思ってしまいました。
本書は、とてもよい本です。
ただし、福祉の慈善活動に心を砕いていた彼女が、自分のボーナスで旦那さまにゴルフの会員権というくだらないものを買ってあげてしまう心理は理解不能でしたけれど。。
来年は森村桂、生誕70年。各出版社も生誕記念復刻してくれればいいのに、と強く思ってしまいました。
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