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2011年3月18日 (金)

大震災についての雑記5

友人のお子さんが、友人の転勤に伴い、地方の小学校に転校したところ、その地方の小学校には、冷暖房の空調がなく、また、トイレが和式だということで、子供がショックを受けて、登校拒否になってしまったといいます。

そのため、友人は単身赴任をすることになり、奥さんと子供は東京に戻ってしまったという話を聞き、ショックを受けました。

自分の子供時代には、冷暖房も空調もなかったし、今でもそういう小学校があっても自然だと思いますが、そんな、すこし不便な環境がストレスになり登校拒否になってしまう子供がいるのだということに暗澹とした気持ちになってしまいました。

でも、生まれたときから、ずっと便利な環境があたりまえで、不便な環境など経験したことがなかったとしたら、それは、とてもストレスを覚えるでしょう。

ジュンパ・ラヒリの「その名にちなんで」という小説で、生まれたときからコンビニエンスなアメリカで生活している主人公のインド人の青年が、両親とインドに里帰りをする度に、その不便で不潔な環境にうんざりし、大家族が一緒に暮す、そんなカルチャーの違いに常にストレスを感じるというくだりがありました。

友人のお子さんの受けたストレスはこの主人公が受けたストレスと同じようなものなのかもしれません。

ですが、異なるカルチャーや環境の違いを経験したり、体験したりするのは、子供の思い遣り、優しさを培う大切な体験のような気もします。

今回の地震は、日本中の子供たちに、この豊かな生活が当たり前ではないのだよ、という強烈な体験になってしまったような気がします。できれば、こんな悲惨な実体験ではなく、体験などしなくても、想像力で、この豊かな生活は、当たり前ではないことに気がつくような、そんな教育を大人がするべきだったのではないかなと、とても感じています。

津波の被災地を見て、まるで戦場のようだったと言っている米軍の兵士がいました。。

想像力を人々が持てば、人生のほとんどを、あの津波の被災地のような場所で暮らすことになるかもしれない子供たちが世界中に大勢いるということを想像できるのではないでしょうか?だとしたら、これから、ますます戦争は不要だと多くの人が考えられるようになるのではないかと思います。

金子光晴の「絶望の精神史」にもありましたが、日本人はどこか仏教的な諦念感、絶望感というものがあり、あらゆる困難を仕方ないと受け入れる能力があるように思えます。

なので、多少の困難で、怒ったり、八つ当たりをしたり、喧嘩をしたり、治安をみだしたりする人が比較的少ないのではないかなと思います。戦後教育での自虐史観を否定する人たちもおりますが、今回の大災害で、人々が心を乱さなかったのは、この諦めの文化をもつ日本人だからなのではないかと、少なからず思ってしまいました。

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