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2012年9月 2日 (日)

ファービアン

著者 ケストナー ちくま文庫

国内絶版のため、以前は図書館で借りて読んだのですが、どうしても入手したくなり、古本を高値で購入してしまいました。

1931年に出版されましたが、1933年、ヒトラー率いるナチス党が第一党になると、ナチス党員を風刺した内容があることから、ナチス党員に焚書にされてしまった問題作です。(ケストナーの父親はユダヤ人でしたが、本人はドイツ人であることに誇りをもつキリスト教徒だったそうです)。

本書は、第一次世界大戦の影響で、不景気、失業者が街に溢れ、退廃、刹那的な風潮が蔓延する時代に、モラリストになりたいと願った男、ファービアンの物語です。

失業し、両親に心配をかけないように、不本意ながら保守的な新聞社(日本でいうと産経新聞あたりでしょうか?)に採用されようとしたファービアンは、屈辱を感じ、道すがら、悶絶の葛藤をするのです、自分の良心とお金(生活)を天秤にかけて悩む哲学者だったわけです。

ファービアンの母親はこういいます。


「わたしの時代にはこんなことはなかったよ」と、母親はいった。「お金をもうけて、結婚して、子供をこしらえる、これが一つの目的だったもんだがねぇ」。

ファービアンはこう答えます。
「ぼくもそのうち慣れるかもしれませんよ。よくお母さんがいいましたね」

母親

「人間は習慣の動物なり」

道徳や哲学だけではお腹は一杯になりませんし、家族も養うことはできません、でも、道徳も哲学もない社会で、子供を育てることにどのような意味があるのか。

なんとも、意味慎重な小説ではないでしょうか。

戦争機運の高まるなか、ファービアンはのちにナチスに吸収される鉄兜団に所属する旧友と戦争についての議論をします。

「いくらきみたちは喧嘩が好きで、侮辱された七面鳥のような名誉心をもってるからって、それでどうして六千万人の人類の没落を要求する厚かましさがあるんだい」
旧友はこう答えます。
「ところが世界の歴史を見たまえ、いつもそうなんだからね」
ファービアン
「完全にそうらしいね、世界の歴史ってやつは!全く世界の歴史なんてものは恥ずかしくって読めたもんじゃないよ、あんなものを子供に教え込むのは恥だよ。なぜおれたちは昔の人間のやったことをいつまでも真似しなきゃいけないんだ?徹底的にそれが行われてたら、おれたちは今でも樹の上に腰をかけてるよ」
友人曰く
「君は愛国者じゃないね」
ファービアン
「きみはまた木偶の棒だよ、おれよりもっと始末がわるいよ」

ファービアンと旧友の会話は、外務省と石原慎太郎の会話にしてもよいのですが、外務省の場合は、モラルを土台にしているのではなく、経済、自分の保身ってかんじなので、どっちも木偶の棒というところが、ケストナーの時代よりもさらに絶望的な感じがいたします。

本書では、なんの解決策も語られず、現実世界では、この2年後にナチスの世の中が到来してしまうのです。

現代の日本人はそこまでバカじゃないことを祈りたいです。またも愚かな歴史を真似することはなんとしてもやめていただきたいとおもいます。いずれにせよ、本書で登場するような木偶の棒を首長に持ってしまっている、東京都民として、不安で仕方がありません。


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