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2013年11月 1日 (金)

ケストナーの終戦日記

著者 ケストナー 

第二次世界大戦最末期、ナチスに不穏作家として執筆禁止をされていたケストナーの終戦日記です。
先日読んだ吉村昭の東京の戦争とかなり同じような描写がみられたことから、戦争の普遍性を読み解く一冊でもあると多いましたが、かなり重要なことが散見されましたので、忘れっぽい自分のために、まずは備忘録として、感想よりも前に、抄録の作業に取り掛かりたいとおもいます。
ドレスデン空襲の後の記述(吉村昭の東京大空襲と似ている

数万もの死体が崩れ跡にころがっている。それなのに両親は生きている!悲しみと怒りと感謝が胸の中でぶつかりあう。霧のなかの列車のように。
平時にはこころ優しい穏やかな人々のこころが荒む。これも同じ。

列車やバスの中でも、手足を切断されている不具者に対してさえ、しかるべき心づかいをもうしなくなっている。

ドイツがヒトラー政権になってから、オーストリアがドイツに占領される前の5年間、オーストリア人は一体何をしていたのか、という批判も身につまされる。

1945年の今、オーストリア自身にももうそれがわからない。

戦争に勝ったとして、今なにを敗戦国に求めるのか、労働力はもう間に合っている、敗戦国の国民を奴隷として最低賃金で奴隷のように働かせたとしたら、戦勝国の労働者はその職を失うことになるのだ、戦勝とはどういう利益をもたらすのか?

国際経済が機能を発揮するためには。敗北者に何を与えねばならぬか、ということである。全体戦争に勝つということは。実に困難である。平和をかちとるということはもっとされにむずかしいことであろう。

日本では、戦後、パンパンとか、パン助とかあだ名された、米兵に腕を絡まして青春を謳歌しているふりをする女性たちが存在した。日本男子は苦々しく思いながらも、何もできなかった。ドイツでも同じだったらしい。日々食べることに事欠く彼女たちを戦争を起こした張本人である男達がどうして責められたであろう。

女優たちをパーティに連れてこさせる。つまり公開の演芸というわけではない。いわゆる家庭サービスの才能いかんにかかっている。住民たちは憤慨している。

戦後、ドイツ嫌いのイギリスの外務次官でさえ、ドイツの再建を言明した。

理性は人に寛容を強いる。寛容は不公平である。人はどう決心するだろうか。不公平か平和か。それとも公平な混沌か。この正真正銘のジレンマは、戦争がナンセンスだということを証明している。


ところで人は簡単に良心を変節する。権力の圧力はそれほど恐ろしいのだ。

水はひどい冷たさや熱さによって形を替えるが、人間は大きな圧力を受ければ形を替える。人間が識別できぬまでに変わりうることは、すぐには目立たない、人間はそうなってもやはり真っ直ぐ歩くし、普通の顔つきをしているからだ。

ただし一時的に睡眠が妨げられ、食欲が不振になる。

というのはこの段階で、不安を抱いているからである。経済的に破綻したり、牢に入れられたり、ぶたれたり、けられたり、むちうたれたり、飢えたり、病気でまいってしまうことが不安なのだ。家族の生命が不安になり、自分の死が不安になり、不安のために、うそをついたり裏切ったりしやしないかと、不安になる。

良心に支配されているのは、ここまで、それ以降は、保身に突っ走るのみ、やがて最後にはこれまでの良心と持っていた事実とは真逆の事実を良心と信ずるようになるのです。
それまで、十分な圧力があったならば、人の良心を変節させることに、一週間もかからない場合もある。権力とはかくも恐ろしいものなのである。ヒトラーは1933年ユダヤ人をボイコットしようとする画策をするも、そのころのドイツ人にはまだ最初の良心があり、ユダヤ人ボイコットをボイコットできた。しかし、1938年には、ユダヤ人ボイコットは成功し、ユダヤ人の商店の窓ガラスお叩き割るナチスの親衛隊の行為を止める警察官もいなくなってしまった。

本書の最後に、ケストナーはこう記しています。
「1945年を忘れるな!」

1945年どころか、日本政府は既に311すら忘れてしまっているように見えてしまうのですが。。。今の日本政府、官僚の全員に本書を読み直していただきたいと思ってしまいます。

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