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2014年2月 7日 (金)

少年Hと少年A

著者 妹尾河童と野坂昭如 講談社文庫

先日、水谷豊と伊藤蘭夫婦競演の映画「少年H」をみたばかりで、とても良い映画だったので、本書を図書館で見つけて読んでみました。
表紙の野坂昭如の少年時代の写真が、なんともキュート(面影は今も残っていますが)、ふたりとも昭和5年生まれ、少年時代を神戸で育ち、ふたりとも空襲で家が焼けている、など共通点もあるが、それでも、少年達の目に映った戦争はそれぞれ違うものだった。
妹尾河童は洋裁店を営む父をもち、キリスト教徒で、ナイフとフォークで食事をする、ハイカラでリベラルな、だが質素な家庭で育ちずけずけと思ったことを言うやんちゃな少年時代をすごし、一方、野坂は養子として、戦時中は石油の密輸なども手がけていた裕福な家庭で育つが、養子という引け目もあり、素直に親にもモノが言えず、屈折した少年時代をすごす。

ふたりが経験した共通のできごとは、戦争で飢えたこと、食べるものがない、飢え死にするかもしれないという恐ろしさを身をもって体験したふたりは、反戦というよりは厭戦の気持ちが強い。戦争になれば、物資はなくなり、食料もなくなり、最初に飢えるのは弱い子供や女性や老人だということを、身をもって体験した。親は子供には自分の食べ物を分け与えてでも身を削ってでも子供を守り、食べさせるものだという嘘を見破ってしまった。
腹が減れば、人は理性を失うということを、幼いうちに見てしまったのだ、つまり、戦争というか、乱世はそういう時代だということ。だから、反戦とは言わない、実際に戦時中の少年になにが起こったか、ただ事実を伝えたい、そういった考えでふたりが筆を取ったということのようです。

どうみても、右傾向が進んでおり、戦争をしたがっているような政治家や評論家も見受けられます。ただ、平和、反戦と主張するのではなく、戦争が起こったときに、自分は損か得かというう観点で考えてもよいと、野坂昭如は行っています。一部の財閥や金持ちや政治家は戦争で得をすることもあるし、面子を保ちたいという理由があるとおもいますが、子供や弱者、底辺の庶民は、戦争が起こっていい事があるとは余りおもえません。もちろん、戦後の混乱期に一発逆転を狙うという根性のある人もいることはいるのでしょうけれども、、、

本書を読んで、戦争とはなんだったのか、自分達の子供達は戦争が起こるとどういうことになるのか、実際に体験した作家が、少年の目を通して描いた戦争です。一読する価値のある一冊かと思います。

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