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2014年2月 1日 (土)

義父の死

1月21日火曜日の深夜、義父が息を引き取りました。

真夜中に鳴る電話に驚き、義妹から、連絡が入り、病院へ急ぎました。
入院から5日目のあっけない死でした。安らかな死顔でした。
日曜日には会話をしていたのに。
「まだまだ頑張ってくれないと困りますよ」と声をかけたらニッコリと微笑んでくれた義父でしたから、回復するとばかり思っており、あまりにも急なできごとで呆然としました。
過去に若い友人が3人も、急死しており、命のあっけなさは理解していたはずなのに、ましてや84歳の高齢の死は、想像しておかなければならなかったのかもしれませんが、祖母が長患いの末になくなったので、逆に高齢者はすぐには亡くならないというイメージが強すぎたせいなのかもしれません。
昨年のクリスマスに介護施設で楽しそうな様子の義父のクリスマスパーティの写真を見ました。お正月には、ペロリとお寿司をたいらげていました。死の予感というものがまったくなかったのです。

今回、葬儀の席で、読経をしていただいた僧侶が、「人の命というのは、いつ終わるか分からない、10年先なのかも、明日なのかも、だから、今日一日一日を大切に生きることが大切で、故人もそのように生きてこられたと思います」、、と語っておりました、、この話を聞いて、「はて」そうだろうか、、現役時代の義父はそうだったかもしれませんが、引退後、友人付き合いもせず、日がなごろごろしながら一日中テレビを観ていた様子しか見ておらず、とても日々を大切にしていたようには見えなかったのですが、、でも、ひょっとしたら、ごろごろしながら日々を過ごすことが、義父の長年の夢で、とても大切な日常だったのかもしれません。暮らしに困らず、毎日ごろごろして過ごすことは、誰もができることではないと思いますから。
そうだとしたら、義父はとても幸せな老後生活を過ごされていたのかなぁと、、今となっては本人の感想を聞くことはできませんが、なんだか、日々を大切に生きるということはどういうことなのかなぁと、つくづく考えてしまいました。

年に数回しかお会い出来ず、思い出も少ない義父のことではありますが、私の思い出の中では、いつも私に優しくしてくれた、とてもよいお父さんでした。やはり淋しいです。晩年は糖尿病で好きなお酒や甘いものも制限されておられましたので、これから天国で沢山美味しいものを召し上がっていただけたらなぁとそればかり考えています。

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