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2014年3月 8日 (土)

招集兵

著者 佐藤鉄章 河出文庫

本書は、秋田県の高校教師が書き残した、1944年召集され、戦争末期の過酷な従軍と、戦後の中国で国共内戦に巻き込まれたはなしから帰国までの詳細な記録、日誌です。
先日卒寿を迎えた中国教室の90歳の同級生から直接お聞きした日中戦争の戦中戦後のお話と共通したお話が多かったので、かなり正確な内容かと思います。
日中戦争中、もちろん、日本国民が全員鬼畜だったわけではないのと同様に、中国人だって同様に人間で、食物を分け与えてくれたり、優しくしてくれたり、同情してくれたという話も登場します。少し考えればあたりまえの話です。
日本のある兵隊がかつて中国の農村で略奪や強姦を行ったと自慢している話も登場します。
著者は日本の敗戦後は国民軍の捕虜になって、八路軍と戦うことになるのですが、引き上げの際には、道中の山賊被害に命を落とすものがおおかったのに、なんと人民解放軍の紅兵に、警備されて、青島までたどり着き無事日本に帰国できたという話です。
いろいろと考えさせられる内容がおおかったです、少しだけ抜粋したいと思います、中国での従軍途中に、川べりで、大勢の女性たちが、洗濯者を石台に叩きつけている様子と子供達の明るい花やいだ声を耳にします。
われわれは、しばし見とれるばかりだ。なんという壮観、なんという平和だろう。なぜ、なぜ、戦争しなくてはならぬのだ。この女たちのだれに、戦争を、侵略蹂躙を、欲するものがあるだろう。われわれはいったい何をしに来たのだ?わたしは、叫びたい気持ちになるのを、やっとこらえる。

アメリカのB29が中国最大の日本駐屯地に空爆をしてくる。一機も打ち落とせずにわずか10日で壊滅してしまう。日本は負けると確信する。撤退してくる日本兵の姿はまるで乞食だった。
ほとんど身に衣料をつけていないのだ。上衣はとけてたれ、ワカメのようだった。腰の銃剣帯革の重みで、皮膚は裂け、化膿した個所に蝿がたかっている。歩いているとはいうもの、歩行は蛆虫ののろさだ。栄養失調のせいか、黒い顔だけが水ぶくれている。

ジャニーズのイケメン俳優がかっこいい特攻隊員を演じるのではなく、こういう情況を描くのが真実なのではないでしょうか。

あの連中、死ぬために行ったようなもんだな、戦争に勝ったら勝ったで患者は邪魔にされ、敗ければ敗けたで、ボロ屑扱いされるからなあ。日本の軍隊ってえやつは、そうやって今まで兵隊をくるしめたもんだ。おれたちは、今度はだまされないからな。。

本当にだまされないことを祈るばかりです。中国からの帰還途中にひとりの中国人青年と出会います。著者はなぜ中国人同士で内戦をするのですか、どうして民衆は戦争をやめさせようとしないのですかと問いかけます。中国の青年はこう答えます。
民衆?どこの国の民衆に戦争を歓迎する者がいるだろうか。きみたちだって召集され、無理強いされて戦争にやってきた。中国民衆に戦争の好きな者はいない。しかし戦争は存在する。その理由は権力闘争なのだ。ひとつの権力が他の権力とぶつかれば戦争は起こる。したがって一報の権力が消えれば、戦争は解消する。

命からがら日本に帰ってきた著者の叫びが聞こえます。
戦争こそ、この人類における最大最高の罪悪だ。この苛烈きわまる罪悪と地獄に耐えるくらいなら、それ以上のどんな辛苦苛烈さももののかずではない。戦争よ、永遠に消えてされ、世界から消えうせろ。

本書の刊行が1972年、すでに四十年以上も経っているのに、世界から戦争が消えるばかりか、時の首相は日本をまた戦争が出来る国に戻そうとしているのですから、作者の涙の叫びが空しく思えます。 
本書は既に絶版になっておりますが、なぜこのような本が絶版で、「永遠のゼロ」のような反戦を騙った戦争賛美の詐欺本がベストセラーとなってしまうのか、、本当に悲しい昨今であります。

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