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2014年3月 5日 (水)

吉村昭が伝えたかったこと

文芸春秋編

東日本大震災の後、「三陸海岸大津波」「関東大震災」の著者故吉村昭がもしも生きていてこの東日本大震災を目の当たりにしたら何を考えただろうということをベースに、震災についての吉村氏の講演、著述、編集者、作家などの意見などを集めた一冊です。
東日本大震災後に読んだ「三陸海岸大津波」で田老では、過去の教訓で被災者はひとりもでないだろうといった著述を呼んで(実際は今回200名の死者)むなしさをおぼえたのですが、吉村氏は、震災だけではなく、戦争についても多数著述しています。
今、安倍総理の下、急速に戦前のような非民主、軍事政権に突っ走ろうという状況下、先の都知事選挙だけみても半数以上の有権者が選挙に行っていないという現状を見ると(過去に一般庶民、とくに女性が選挙権を得るためにどれだけの人が血を流したのかを鑑みると、この事実を、とてもとても空しく思ってしまいます。選挙に行かなかった人は、世の中がどれだけ悪化して、自分の生活が困窮しても、文句を言える筋合いはないのです。過去の教訓を忘れてたのか、または知らずに慢心して、言い伝えられていた必要な避難をせずに津波で流されて命を落とした人たちと同じように見えてしまいます、このままだと日本国民が得体の知らない津波に流されてしまう気がしてしまうのです)
本書は、多くの人に実際に読んで欲しい一冊ですが、ひとつだけ、強く印象に残った一節だけ、引用したいと思います。
私は終戦のとき十八歳だったんです。それで、戦後、いわゆる進歩的文化人と称される人とか、マスコミがいうことと、私が戦争中に見てきたものが落差があしすぎた。そのころよく言われていたのは、戦争をやったのは軍部で、日本国民はそれに引きずられて騙されていたんだと。それが定説化されていたんですよ。だけど私はね、そういうふうには思わない。戦争のとき、いちばん怖かったのは、隣のおばさんとか、隣り組の組長とか、そういう人たちが他人のことを非国民だなんて迫ったりしてね。婦人会の人が、駅で振袖の娘さんの長い袖を切っちゃったとかね。だから、日本人がみんなでやっていたのですよ。それを認めないと戦争の恐ろしさはわからない。だから軍部のせいにするのは責任転嫁だなと思った。
上記の軍部の部分を政治家、または原発に置き換えてみると、今の日本の話にになりそうです。
本書がつい最近、刊行されたというのは、日本の中にも良識のある人がいるのかなと。。そんなことまで考えてしまいました。

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