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2015年1月31日 (土)

祖父のシベリア抑留

すでに戦後70年、今年の正月に実家に帰省したとき

母が古い写真を持ち出してきた、若いころの、父母の結婚写真、そこに父方の祖父の写真があった。
父は婿養子のため、この祖父とは、年に数回しか会わず、あまり記憶がない。
なにげなく、わたしが父に聞いた「戦時中、ちょうど適齢期だったのに、どうしておじいさんは戦争にとられなかったの?」
すると、父は、「何を言っているんだ、おやじは関東軍で満州にいて、そこで終戦を迎えて、そのあと、シベリアで4年間も抑留されてたんだ、おやじも大変だったが、のこされたおふくろも相当苦労したんだぞ、戦後4年目にようやく新潟の港に引き上げ船で戻ってきたんだ。」
びっくり仰天、そんな話、一度も聞いたことがなかったのです、祖父も祖母もいちどもシベリアの話などしたことがなかったのです。
わたしが、「でも、関東軍って、住民おいて我先に日本ににげちゃったんじゃなかったっけ?」と聞くと。またもや、「馬鹿言え、すたこら逃げたのは一部の参謀で、おやじみたいなペーペーはみんな捕まってシベリアに送られたんだ」
なんてすと、、、知りませんでした。生きているうちい、祖父からいろいろと話を聞きたかった。これから、できるだけ父から祖父のことを聞き出したいとおもいます。
そして、シベリアでの四年間、祖父になにがあったのか、シベリア抑留記などを探して、読んでみたいと思います。
しかし、知らないということは本当に恐ろしいことだと、またもつくづく思いました。
天皇陛下が新年のごあいさつで、満州事変以降の日本の歴史を学びなおしたほうがいいといったようなお言葉がありましたが、こういうこともその一つなのではないかと思いました。

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