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2018年3月31日 (土)

不可触民の道

著者 山際素男 三一書房

このところ、山際素男さんのインドの不可触民関連の本などを何冊かよんでいるのですが、

本書は、すさまじい不可触民に対する暴力、虐待、犯罪行為に政府や警察ぐるみかかわっていたのに、問題としてマスコミに取り上げられるとなるや、まったく知らなかったと白を切る様子が描かれています。

部下が犯したことは、自分は知らぬ存ぜぬのところで起きたことなので、自分には全く責任はないと言っているのです。

この光景はまるで、今日本で現在進行形の森友問題で、証人喚問された前国税庁長官の佐川氏や自分が任命して、「適材適所」で、優秀な逸材とはっきり言っていた部下がおかした不祥事について、知らなかったから責任はないとうそぶく政治家の様子・・

これは1980年代のインドの話なのですが、40年ちかく前のインドの状況と現在の日本が同じというのがなんともやるせない・・

警察ぐるみの犯罪・・・
198年代のインド、ビハール州の首都パトナから約三百キロ、ガンジス河沿いに下ったところにある村、バガルプールという街の警察、刑務所が起こした虐待事件。警察が容疑者と決めつけた若い男たち(なかには、ただ道を歩いていただけで警察に連れ去られた過去に犯罪歴もない善良な青年も含まれていた)を警察に連れ込み、拷問し、なんの司法プロセスも経ずに捕まえた男たちの目を針や薬品でつぶし、盲目にさせてしまう事件が何十件も発生していた。このことを知った義憤にかられた弁護士の告発で自体が発覚。ようやくマスコミに知られることとなり、州政府が調査に乗り出すまでに何年もかかり、何十人もの犠牲者が発生していた。。
この事件に対しての、警察の答えはひどいものでした。
この地区の警察最高幹部はこううそぶいている。
「犯罪の性格がどうのこうのいわれたって仕方ないよ、わしのところに下のものがいってきてはじめて犯罪があったことが判るんであって、その犯罪の性格なぞわしには元々関係がないんだ。容疑者を盲にしたという連中は、そんなことをわしに報告する必要がないと思ったからしなかったまでであって、後になって知らなかったといわれてもわしには何の”責任”もないよ」
州警察本部長も新聞を読むまで全く知らなかったといっているが、彼は最近何度も場がプールを訪れている、そこで何らの報告もうけなかったのだろうか。
本書にはまた、佐々井秀嶺というインド、ナーグプルに暮らす真言宗の僧侶が紹介されている。まったく知らない名前でしたが、真言宗のお坊さんということで、我が家で葬式などのときにお世話になるお寺の宗派のお坊さんでしたよ。。我が家の菩提寺のお坊さんなんかは高級車のりまわして高いお布施で、お寺を観光地にしてぶいぶい言わせているのですが、おなじ真言宗のお坊さんでもすごいちゃんとしたお坊さんもいるのだなぁとびっくりです。マザーテレサのように、ちゃんとしたことすると、宗教界では異端児扱いされるんだろうなぁ。
いつも増上寺とか、築地本願寺とか某新興宗教などのただっぴろい広い敷地や豪華な建物を見るたびに、このお寺に貧しいホームレスのひとを住まわせてあげて、世話してあげればいいのに、無駄に広い敷地つかってんなぁとか思っていたのですが、、ちゃんとしたお坊さんも世の中にはたまにはいるのだなぁと、、そんな感想も持ちました。
このお坊さんがこの地にすむようになったのは、夢のお告げというのですから、これもまた神ががかってますね(仏がかると言うのでしょうか?)
また、インドの政治家J.Pナラヤンについての記述もあります。インドの貧しい人々に敬愛される政治家ということですが、この名もはじめて聞きました。500人近いダトイットと呼ばれる誘拐、殺人、強盗など極悪のかぎりをつくしてきた盗賊団を投稿させ、改心させ、許したという
なんだか、いい年になっても、世の中しらないことばかりで、反省することばかりです。

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