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2018年10月21日 (日)

パッチワークプラネット

著者アンタイラー 文春文庫

再読。このブログを書き始めてからも今回で8回目の再読。
読むたびに、新しい気づき、登場人物の年齢が私に近づいたり、遠ざかったり。だから、毎回別の本と思えてしまう。(これは良本すべてに言えることなのですが)。
だから、新刊を図書館に置くなという作家は愚の骨頂ですね。いい本は図書館で読んでも絶対手元に置きたくなるし、痛んだら何度でも買いなおします。(現にアンタイラーに最初に出会ったのは図書館でした)。
というわけで、今回の新しく胸に突き刺さったセリフ。わたしも同じだと思った。。
僕は、どこか一つの場所から出てきたとき、深い後悔の念にとらわれることがある。出てくるときは気分爽快なのだが、数分たつと、後悔が始まる。ひどいことを言ってしまった。誰かを失望させた、傷つけた、と後悔する。またもやその場の雰囲気をぶち壊したことに気が付いて、自分をさんざん呪うことになる。サイテーのバカだよ、おまえは!アホ!そして、他人と付き合わなくてすむように人生をやりなおせたらどんなにいいか、と思うのだ。

なんだかね、最近、疲れてるからなのでしょうか、こういうこと考えるようになりました。

何度読んでも違う本。。アンタイラーの作品、最近和訳がされなくて、原書で読むしかなくて、しんどいです。。
文春文庫さま、どうぞ、新刊も翻訳してくださいませ。

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2018年10月18日 (木)

親子で同じ失敗

母親が、親友だとおもっていた友人から絶縁されたらしい。。母の態度に業を煮やされたというのだ、気遣いがたりない、感謝が足りない、言葉が足りない、そんな感じらしい。

母はショックで毎日泣いている。80過ぎのおばあさんが友人を失って泣いているのだ。

そして、親子で同じ失敗をしていると、心がずきずきしている。

わたしは、12年前に、生涯の親友だと思っていたMから、思いもよらずに距離を置かれ、長い月日が経てど、一向にその時の心の傷はまだいえず。喪失感もぐっさりとまだ残っている。

信頼しすぎて、甘えすぎて、相手のその負担の気持ちに気が付かず、相手はしんどくなりすぎて、遂に距離をおかれてしまったと思う。
だから、大好きだった人に、突然別れを告げられた母の衝撃やショック、悲しみが痛いほどわかる。
相手を大好きだと思っていたけど、それは、本来の相手の感情を無視した、自分に都合のよい大好きであって、相手の思いや気持ちを理解しようとかしていなかったのだと思う。
そして、そんな辛い思いを、八十過ぎた母が味わっている。
今、母は毎日泣いている。信頼していたからショックなのだ。
しかも、父が亡くなって四十九日もまたない、忌中のときに、よりによってなのですよ。父の喪失にかぶせるように、友人まで失うなんて。せめて四十九日が過ぎるまで絶縁宣言まてんかったのかいと思ってしまったり。。
でも、どうして親子で同じ過ちをしてしまったのでしょうか。。
親子そろって、あまりにも無邪気に人を信用しすぎるのか、無邪気とは、つまりずうずしく、厚かましすぎるのだろう。人生なめきって甘えていたのか。そうなのか。
わたしの場合、当時を振り返ると、私は私で、友人のことを、とても大切にしていたと思うし、すべてにおいて友人を最優先にしていたし、当時は、家族とその友人が同時におぼれていたら、その友人を助けるくらい大切に思っていたのだけれど、、きっとそれも友人にとっては意味のないこと、負担なことだったのかもしれません。
母の友人と親しくしていたころの母をみていたら。美味しい食べ物があれば、その友人が好きだからと買ってゆき、その友人が好きだからと、いろいろと料理を作って持って行き、その友人が好きだからと、雑誌や新聞を集めては持って行き、いつもその友人との会話や食事やドライブを楽しんでいました。、その友人の存在は母親の中心だったのだから、、本当に心が痛い。
母の悲しみを、わたしは12年も味わってきたから、わかるのです。。
でも、人の気持ちは変えられない。母の友情は、相手の求める友情の内容とはまったく違っていたのではないか。でも、80過ぎの母、、長生きしたとしてもあと数年。。
人生の最後で、どうしてこういう悲しみを味わう必要があるのだろうかと、
その相手のことを娘として少し恨んでしまったりもしますが、でも、思い起こせば長い年月、、母の人生に豊かな楽しみや彩りや、力添えや、心の支えになってくれて、やはりその方には私は沢山の感謝が強いのです。
わたしも、友人を失っても悲しみは強いけれど、相手には怒りはない、あるのは感謝だけ。
母も、親しい友人に絶縁をされてしまっても、自分の未熟さを知り、相手を悪く言わないで、感謝の気持ちで相手のことを思い続けていて欲しい。
それにしても、なかなか親子で、同じ人生の失敗をするというのは、もう、先天性の遺伝なのかもしれません。
わたしは親友を失ってしまったけど、母には親友がいてうらやましいとずっとおもっていたのになぁ。。
父が亡くなりひと月が過ぎ、、まだまだ悲しい出来事が続き秋なのです。。

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