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2019年2月12日 (火)

もやもや感がした文章

ライフハックだか、処世術だかでネット上で拡散されている「幸せになるためにやめるべき30」という文章をたまたま目にしてしまい、昨日はずっともやもやしていて一日考えていました。まぁ、マザーテレサ的ないいと思うよ、という内容もあるのですが、。

でも、ひっかかったのはこのふたつの言葉
自分にふさわしくない人たちと過ごすのをやめなさい
自分より低い誰かのレベルに合わせるのをやめなさい

ずいぶんと上からのあつかましい態度だな、これ。

自分にふさわしくない人という判断ができるほど、これを書いた人は高尚な人間なのかしら?
相手が自分よりレベルが低いってどうやって判断できるのかしら?
偏差値なの?それともIQ?50メートル走のタイム?ふんわり美味しいパン焼き能力?リストの超絶技巧の完成度?
なんだか情けない、これを言った人、ずいぶんとちっさい男だな、と思ってしまいました。
こういうことを口に出して言ってしまう方のレベルはそもそも人格者としては最低な訳だから、これを書いた時点でこの人はもう徳のある人格者とはつきあえる希望も資格ないじゃないの、何様なんだよ、、といったもやもやでいっぱいになりました。
ちょっと調べたら、この文章の発言者は自己啓発本を100冊以上書いている経営コンサルタントのようです。
少なくても、自分の著書を買ってくれるお客様はは自分よりレベルの低いと想定して商売しているのではないでしょうか?そういう自分よりレベルが低い誰かに合わせて本を売っているのでしょうから、矛盾してませんか。
自分よりレベルが上の人がまさか啓発本とか人生訓なんてのは不要でしょうし。。。
たまたま、昨日NHKBSでヒトラーの言葉に熱狂させられたドイツの時代のドキュメンタリーで、ヒトラーがユダヤ人やスラブ人を下等民族として扱い、国民に差別意識、特権意識をかりたてて、自分の権力を保とうとした映像を観てしまったばかりなので、人が人に甲乙をつけるということはとても怖い発想だなと感じたばかりでした。
当時、少年としてナチスを信奉していた老人が言っていました。「ポーランドに戦争で勝ったというニュースで気持ちが高揚しました、だってそうでしょ、スポーツと一緒ですよ、自分の国が勝てば嬉しいじゃないですか、それと一緒ですよ」、、と。
わたしは昔からあまりオリンピックに興味がないのもこの老人のような発想自体が嫌なのかもしれません。ヒトラーも利用してましたしね。オリンピック。
本来、人間社会というものは、親でも教師でも友人でも、自分より、いろいろな能力の高い人に付き合ってもらって、育ててもらって、やっと人は成長できるんじゃないんですかね?
自分より高い能力や知識を持っている人が、おまえはふさわしくないから、レベルが低いからとつきあってくれなくなったり、話をしてくれなくなったら、その人はいつまでも学んだり、成長したりできないですよね。
自分がある程度の立場になるまでに、必ず誰かに育ててもらって成長できたんだから、もしも自分が優れた知識や能力を習得することができたならら、それは自分だけの力ではないのだから(たとえそれが書籍で学んだ知識だとしても)人を馬鹿にしたように、レベルが低いとか自分にふさわしくない人なんてことは言わずに、広い心であたたかく接して、時には想像力を働かせてその人の立ち位置にも立みてもいいのではないでしょうか、その時ああ、この人は今世の中がこう見えているのかと逆に学ぶことも多いのではないでしょうか。
自分の持っている能力や知識をおごり高ぶったらず、偉ぶらずに還元して、自分の住んでいる空間、社会全体の底上げをした方が、結局は、自分にとってもずっと住みやすい世の中になるんじゃないかな?
なんてつらつらと考えてしまいました。
もうすこしもやもやと考え続けてみたいと思います。

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