著者 アンタイラー 文春文庫
自宅にはハードカバーと原書しかなかったため、再読したくて文庫版を中古で入手して再読しました。
本書はたぶんアンタイラー作品に触れた最初の作品だったかもしれません。アンタイラー中毒になるには充分な作品と思います。
夫に家出をされたパールとその3人の子供たち(コーディ、エズラ、ジェーン)の半世紀にわたる物語です。
家出中の夫がその間どうしていたのかについては、最後の数ページで簡単に述べられるだけなのですが、この母と子供たちのちょっとしたエピソードの連続が、どこの家庭でもひょっとしたら起こるのではないかという出来事ばかりで、そして、自分にとっても、胸がたびたびちくちく痛むことが多いです。
物語を好む多くの人は、真面目で、心優しく、誰からも好かれるような純朴な少年がいつまでも幸せにくらしてくれることを望むのだと思います。辛い別れや、裏切りや、挫折や孤独を味わうはずがないと思いたいのではないでしょうか。
ですが、本書は現実世界の通り、真面目で、心優しく、誰からも好かれるような純朴な少年が、時に裏切られたり、恨まれたり、人をいらだたせたり、がっかりさせたりすることがあるのです。
本書では二番目の子供エズラがまさにそのような人物です。
エズラは人に美味しいものを食べてもらうことが大好きで、レストランがうまく行けば幸福なのだろうし、まったく人生の不幸や不公平を感じていないのかもしれませんが、、傍から見れば、兄と婚約者に裏切られ、常に経営の苦労をし、少年のころから着続けているのではと思えるような、さえない服を着て、実家の子供時代から住む部屋に暮らし続け、目のみえなくなった老母の世話をして、そして恋人さえもいない、、友だちと呼べる存在も、自分のレストランの従業員くらい。。そんな心優しい息子の将来に母親のパールや妹は心をいためるが、兄のコーディはそんな母親の心配にまで嫉妬する、、弟のエズラは永遠のライバルなのだ。。
だが、、実際の人生と一緒で、物語は好転するわけでも、なにかすてきな魔法が起きるわけでもなく、、エズラの人生はそのようにして過ぎてゆくのです。。周りがやきもきしても、本人が満足しているのなら、それは不幸とは言えないのですが。。
家族や友人は親しい人の幸せを願うと思います。。ですが、たとえ親しい家族でも、友人でも、その幸せの尺度は結局相手の幸せ尺度ではなく、自分が思い描く幸せの尺度で判断してしまうのでしょう。。
一生ちいさなレストランの店長なんて可愛そうに。。大学に入っていれば。。と母親のパールは嘆きます。。ですが、エズラはレストランの店長が幸せなようです。
妻に逃げられた子沢山の男と結婚なんかして、、美しい娘で、医者にまでなったのに。。苦労ばかりじゃないの。。と母親のパールは嘆く。。だが娘のジェーンは大勢の子供たちに囲まれて常に誰かがそばにいることに満足して、、それが幸せなのだ。。(その美貌は若いころに充分に役立たせてもらったし、、もう使い果たしたと思っているし)。
一番上の兄コーディーは率先して母親の嫌がることをしてきたように思えますが、それでもやはり母親のパールはコーディを愛し続けていました。最後まで、反抗的な息子でしたが、母親はその反抗さえ受け入れて愛していたのでしょう。。
幼いころに、母子家庭の重圧からヒステリーを起こして子供たちを殴ったり罵倒したりして子供たちの心に少なからず陰を落としてしまった必ずしも優等的な母親ではありませんでしたが、それでも、彼女なりに精いっぱい母親業をこなして、それぞれの子供たちを立派な自立した大人に育て上げたのだと思います。
母は強しの物語だと思います。。
もしも、この母親が、もうすこし夫や、子供に理解のある謙虚な母親だったら、もっと温かい安らぎの多い家庭になっていたのだろうなと、そうは思いますが、、これも現実と同じで、、実際の人生の物語は、、もしも、、ではなく、こういうもの、、として過ぎていくのかもしれません。
エズラは、人との距離や関係のとりかたが良くわからず、悩みます。。とても大事なことなのに、その時に授業を欠席してしまってマスターすることができなかったのかもしれないと思ったりもします。エズラの気持ち、、とてもよくわかります。まさに自分もよく考えることなのです。
ですが、誰もが簡単にタイミングよく相手の気持ちを汲み取って、相手の心にストライクに思いやり持つことは、どれだけ相手に愛情があったとしてもうまくゆかないことがあるのではないかと思います。
逆に、いつもうまくストライクしていると思っている人は、勘違いしているのじゃないかな。、愛情や友情の思いやりのポイントが決してストライクじゃなくても、相手が自分を思っているという感情は伝わるから、そうして、相手への信頼が深まるものなんじゃないかと思います。
最後に、長男のコーディは幸せについてこう息子に語りました。
人を幸せにするのも不幸にするのも、みんな過ぎていく時間の上に成り立っているんだ。幸せというのは、これから起こることを期待することじゃないか?不幸なときには、もう一度時間を元に戻したいと思うだろ?誰かが死んで、悲しくなって、その人が生きていた時代に戻りたいと思うように。たとえば写真でも、古い写真を見て、気がついたことがないか?懐かしいと思ったことないか。昔の人の笑い顔とか、今じゃ、おばあさんになっている子供とか、もう死んでしまった猫とか、とっくに花が萎んで、鉢そのものも割れるか失くなるかしてしまった植木鉢とか。。人を懐かしいと思わせるのは、そういう止まった一瞬なんだよ。もう一度、あのときに返れたら、と思うわけだ。あれやこれや、もう一度やり直せたら、とか、やってしまったこともやらずにすますことができたら、一度でいいから時間を巻き戻せたら。
先週は友人の命日でした、、今でも信じられません。また会える気がしてなりません。もう二度と会えないとわかっていたら、最後に会った日に、もっと沢山しゃべっておけばよかったと、、そんなことも考えます。。
今回はなんともとりとめのない感想となってしまいました。最近、なんだか、孤独感が増しているような気がします。
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