カテゴリー「森村桂」の記事

2016年12月28日 (水)

わたしのあった神様たちのその後

6年前2010年に「わたしのあった神様たち」というブログを書きました。

これは森村桂さんの同名小説から考えた自分の神様を語ったブログで、
その当時はふたりとも疎遠になっていたのですが、この6年で、状況がかわりました。
エアコンを調達してくれた高校時代のI先輩を含むOB会が震災の年から復活し(つまり消息がわからなくなっていたと書いたその翌年に再会できたということです)。
先輩は現在末期がんの闘病中。立ち上げたばかりの会社と、小さな子供が3人もいるので「俺は負けない、癌に勝つ!」と力強く闘病を続けており、やっぱり神様だった!と思います。(I先輩はわたしが先輩のこと神様だって思っていたことは今でも知らないのですが。この話は先輩には伝えずに、わたしの心の中の思い出としてとっておきます)
もうひとりの神様、友人Mとも当時疎遠になってしまっていましたが、今、時々メールのやりとりをするくらいの間柄にまでもどることができました。以前のような、べったりの間柄にもどることはもう難しいのかな、といまでも自信はありませんが、いつかMからの信頼を少しでも取り戻すことができたらな、と思っています。今年彼女はは最愛のお父さんを亡くしとても悲しんでいるのですが、そのことを知った時、本当は駆けつけてずっとそばについていてあげたいほど、心配で心配で気が狂いそうだったのですが、かつてのことがあり、遠くで心配して思うことも時には大切なのだといまは厳格に自制している状態です。
たった6年間で自分も世の中の状況は様変わりしました。でも、神様たちといまだにつながりをもてていることに、感謝をしたいと思います。

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2013年10月 3日 (木)

やはり森村桂さんさんファンは多いと思う

以前、自分の書いた森村桂さんの旦那さまの著作の感想を書いたところ、(その当時、わたしはまだ桂さんの著作をほとんど読んだことがなく、自分なりの感想を書いたのですが)。

その感想にが桂さんの旦那さまご本人の目に触れてしまい、、わたしの感想は間違っている、という辛口のコメントをいただいたことがあります。それ以来、もしかしたらまた旦那さまを傷つけてしまうのかと思うと、とても怖くなり、、桂さんの本の感想を書くことも、桂さんの本を読むことすら、できなくなってしまいました。
ただ、自分のブログは殆ど読者のいない泡沫ブログなのですが、毎日、日本中のどなたかが、かならず森村桂のキーワードで検索をされています。
桂さんは、日本中の多くの人から、いまだにとても愛されている作家なのだと思います。
全ての桂さんの本が覆刻されて、また沢山の人に読んでいただけることを強く思う今日この頃です。

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2010年9月24日 (金)

わたしの逢った神さまたち

森村桂さんの同名の小説に、彼女の逢った素敵な人たちのことが描かれています。

そこで、自分の逢った神様とは~とぼんやりと考えてみました。

まずは、、いまは疎遠になってしまった友人M。わたしの家族が生死の境目の大きな事故に遭い、命は取り留めましたが、1年以上の入院と、重度な障害を持っ てしまいました。その当時、仕事と週末は故郷の病院との往復で、心身共にとても落ち込んでいました。その頃に、何にも言わずに、いつもそばにいてくれたの がMでした。本当に精神的に頼りにしていたと思います。あとで考えると、その依存が彼女にとっての負担だったのかもしれないと、とても反省しています。彼女が居てくれたことで、当時のつらい自分は、心を安定することができたと思います。今は、遠くに離れてしまったことがとても悲しいのですが、彼女には とても感謝しています。わたしのあった神様ナンバーワンは彼女だと思います。当時は、それ以外にも、いろいろな周囲の友人や同僚の励ましの言葉に救われました。あの頃、自分に声をかけてくれた人たちの顔も、言葉も全てちゃんと覚えています。何度でもありがとうと言いたいです。

もうひとり、今年はとても猛暑だったこともあり、やはり、わたしのあった神様のひとりは、高校時代のI先輩でしょうか。わたしが高校一年のころの三年までの部活のメンバーはとても仲が良く、高校卒業後も、毎年盆と正月は地元で集まるような仲間でした。上京してから何年も、わたしはエアコンなしの木賃アパートに住んでいたのですが、もちろん、夏は猛烈に暑く、冬は猛烈に寒い部屋でした。あるとき、都内でその高校の部活時代のI先輩に会ったときに、「エアコンがなくて辛いんですよ」という話をしたら、先輩はどこかから、中古のエアコンを調達してきてくれて、無償で部屋に取り付けてくれました。素人工事なので、どこにつけるか不明のナットが3個残り、不安なので、ガムテープで補強した上に、「地震のときには、エアコンに近づくな」と言って帰っていきました。先輩のお陰で、その日から、涼しい部屋で眠れるようになったのです。I先輩は高校時代は(レモンパイの君)という意味不明な名前で女子生徒の憧れのイケメン男子でしたが、気取ったところのない、面白い先輩でした、卒業から十数年たち、それぞれの生活が忙しくなってしまい、次第にOB会も途絶えてしまい、消息もわからなくなってしまいましたが、この先輩はやっぱり神様だったんだろうなと、思います。

時が過ぎると、人は過去にとてもお世話になった恩人のことを平気で忘れてしまったりするものです。

考えると、いまどこでどうしているかがわからないそんな神様が随分いるなぁ、ほんとうに彼らはときどき姿をあらわす、神様だったのかもしれません。

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2009年9月 6日 (日)

ソビエトってどんな国

著者 森村桂 中央公論社

今は地球上に存在しないソビエト連邦に、1983年森村桂は取材のために旅立ちました。

閉ざされた社会主義国家で、取材の対象もソ連側の意向のまま進められる中、持ち前の天然ぶりで、思いつくままに道行く人に話しかけ、取材対象として許可されていないエリアに突撃取材をしてしまい、テレビ局の人の神経を逆撫でしまくる。スパイと疑われたら国交問題にもなってしまうのだろう。

でも、桂さんが知りたかったのは、本当の、生の庶民の人たちの暮らし。

そして、そこには、どこの国でも変わらない、食事、日常生活の営み、隣人愛、旅行者への関心と親切に溢れているものだったのです。

国家同士がいがみ合っていたって、結局、どこの国の国民も、同じなんです。毎日、仕事をして、働いて、お金を稼いで服や食べ物を買って、子供を学校へ送る、お客さんが来たらもてなす。困った人がいたら助ける。それが日々の基本であるわけで、アメリカでも、日本でも、ロシアでも、人々の生活に違いはない。

そんなことを確かめたかったただけ。

でも、国家同士には都合がある。社会主義の国家は素晴らしく、みんなが平等に労働し、貧困もなく、子供たちは宝で、すべての国民は平等だっていう表向きなのに、実は貧しい人たちや、不平等な生活があったりしたら困るわけで、そんなところを、テレビカメラで撮影なんてもってのほか。

それでも、桂さんはずばずばと庶民の人たちに入ってゆき、さまざまな質問をします。

ソ連のような、極寒の国では、一度戦争がはじまり、国土が荒らされたら、その復興には想像を絶する時間がかかります。ですから、何としてでも戦争を回避しなければならないという心が強いという話をひとりの女性から聞きだします。そのソビエト人の女性が語ります。

何度でもいいます。戦争絶対いけません。戦争しないためだったら、私たち、どんな我慢もします。車もほしいと思いません。私、おしゃれ好きです。きれいな服ほしいです、でも我慢します。お店にいろいろな食べ物、品物たくさんある、どれも自由に好きなだけ、いつでも買えるとしたら、とても魅力的です。でも、我慢します。戦争おこらないため、私たち何だって我慢します。

この発想は、戦前の「欲しがりません勝つまでは」と似ているようなのですが、違うのは、勝って他国を侵略するための戦争のためではない、他国に侵略されないため、防衛費にお金をかけているのだと、国が説明していたのでしょう。戦争をしないための防衛費だったら、国民は大きな負担がかかっても仕方がないとソビエト国民は考えていたのでしょう。

この、ソビエト女性の言葉に対して、桂さんは、このように答えています。

戦争を起こさないために、という言葉にごまかされないでください。過剰防衛して、逆に攻撃することが。

戦争はしばしば、相手が攻めてくるから、といってはじまります。

桂さんのこの言葉に対して、ソビエト女性は、ごまかされないよううに、約束します。と答えているのです。すごい、桂さん、個人的に日ソ平和活動してます。。

最近だと、「北朝鮮がミサイルで攻めてくる」なんて言葉で、国民の不安を煽って、防衛費を捻出しようとか、核武装が必要だとか、世界的に根絶の機運が高まっているクラスター爆弾が有効だなんていう頭のネジの外れたひとがいて、心がバカ素直で、なんの疑いを持たない一部の国民の心を操ったりしているのですが、北朝鮮の人たちだって、日本人とも、ロシア人とも変わらないはず。生活の一番の関心は、毎日の食事、住居、衣服、そして子供を学校に行かせること、客人が来たらもてなし、音楽や読書やスポーツ(人によってはギャンブル)を楽しむことなんですよ。なにも国民全員が日々の最大の関心ごとはミサイル発射なんてことはありえないのに。

また、桂さんが、雪が凍って滑らないように砂まきをしているおばあさんを撮影しようとすると、ソビエト側からストップされます。ソビエトの労働者は汚くて貧乏と放映するのでしょうと言われます。桂さんは、働く人の服装がきれいである必要はないでしょう、働けば服は汚れる、そういう労働者の姿が一番美しいのではないか?恥じる必要はないのではないか?と桂さんは問いかけます。

労働を誇りに思い、楽しみながら働いているおばあさんの美しい映像が日本に伝わることがないと思い、桂さんはがっかりします。立派な建物や、立派な学校、立派な音楽施設、そんなところばかり撮影することに意味があるのだろうかと思うのです。額に汗して国をささえる、そういう人たちがいることが、一番美しい映像なのではないのだろうか?と思ったのです。

桂さんは、北方領土の質問なんかもしていましたが、ソ連の人には、それは解決済みですよ、とスルーされたりしていました。テレビ局の人のハラハラぶりが伺えます。心臓が縮んだことでしょう。

まだまだ、興味深いエピソード満載で、ソビエトが消滅した現代でも、十分に読み応えのある一冊です。

絶版になっていて、入手も難しいと思いますし、復刻も難しいでしょうが、機会があったら、是非とも読んでいただきたい一冊です。

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2009年8月17日 (月)

魔法使いとお菓子たち

著者 森村桂 角川文庫

森村桂の本も大分入手して読み進めてきましたので、ここいらで、森村桂のカテゴリーを作ってみました。

本書は、平成6年に改定初版ということで、表紙なども、晩年の森村桂アートが表紙となっています。とても素敵な表紙です。

内容は、彼女独特のお菓子に対する思いが可愛らしく語られています。

自分はどちらかというと左党で、甘いものよりは、スナックなど、酒のつまみになるようなものが好きなので、このお菓子にかける情熱というものは少ないのですが、お菓子作りは好きで、誰かに作って食べてもらうのは好きなので、いろいろとお菓子作りの現場を想像しながら楽しく読むことができました。

彼女がお菓子に傾けた情熱と同じくらいの情熱を、お酒の肴にかけていたら、また違った本が作れたかもしれませんが、どうやら、自分にはそのような才能はないようですw

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2009年8月14日 (金)

結婚ってなあに

著者 森村桂 講談社文庫

森村桂の最初の結婚時代、何冊もの結婚読本のような本を出しました。

いろいろあるけど、結婚は素敵、結婚は幸せという内容の本を次々と出して、世の独身女性に夢や希望を与えていたのですが。

後に、彼女の結婚生活は結婚当初から破綻していて、本の内容は彼女のそれこそ夢や希望の結婚生活だったことが明らかになったわけです。

リアルタイムで読んでいた読者とは、全く違った感想を持つかもしれませんが、それでも、結婚に対する少女の夢はどの時代でも余り変わらないかもしれません。そういった意味で、この結婚読本のような本書は、十分に現在でも有効だと思います。

結婚に失敗した人の結婚読本なんて読みたくないわ、などをいわずに、読んでみていただきたい、そんな一冊です。

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2009年8月 4日 (火)

愛という魔法のお菓子

著者 森村桂 角川文庫

この本、とても面白かったです。発想が、なんともいいです。テレビドラマにも出来るのではないでしょうか?。

ニックホーンビーの「ハイフェディリテイ」で、いままで付き合った元カノに次々と会いに行くという話がありましたが。本書とはちょっと違うのですが、昔の初恋の人や、付き合って別れた恋人にもう一度会ってみたいとか、別れずに、いまも付き合っていたらどうなっていただろう?とか、片思いの人と結ばれていたらどうだっただろうなんて、考えてみたりする妄想な乙女は結構いるのではないでしょうか。

本書では、実際に会いに行くのではなく、お菓子の魔法の力で昔の片思いの人や、かつての恋人と結婚してしまう話なです。

憧れの旧家の先輩との結婚生活は。。。

学生運動をしていた彼との結婚生活は。。

同じ部活動の仲間だったけど、当時はなんとも思っていなかった彼ともし結婚したら。。

次々といろいろなパターンの結婚生活が物語られるのですが、、なぜか情熱的に結ばれたのに、どの結婚生活もうまくいかないのです。。これは、作者自身が、過去に離婚という心の痛手から立ち直れない状態で描いた作品なのだからでしょうか。

作者にとって、結婚生活ということは、とても大切な人生そのものだったのだろうなぁと、二度目の結婚では良いご主人とめぐり合えてよかったなぁと、そんなことも本書を読んでいて思ってしまいました。

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2009年7月27日 (月)

森村桂の食いしんぼ旅行

著者 森村桂 角川文庫

初版は昭和55年(1980年)ということですから、約30年前に書かれた旅行記なわけですが、おそらく当時の日本はバブル真っ盛りで、若者たちも次々と海外旅行に繰り出した時代だったような気がします。どのストーリーも、森村桂目線の面白い発想で描かれていて、とても楽しく読むことができました。

私が森村桂という作家を知ったのは2004年の12月の終わり、その年の9月に既に故人となっていてしまっていたのですが、どうして、自分が海外旅行をはじめた頃に、彼女の多くの旅行記を読んでから出かけなかったのだろうかと悔やまれます。

映画「サウンドオブミュージック」が子供のころからの憧れで、わたしの初めての海外旅行はこの映画の舞台だったザルツブルクでの一ヶ月の滞在でした。

もう、何年も昔のことなのに、今でもそのホームスティの日々が、自分の海外旅行の中でも、最高の日々だったと思っています。

森村桂は、一時期、毎年のようにドイツやザルツブルクに家を借りて数ヶ月を過ごしたということです。なんともうらやましい、夢のような生活をしていたのかと思ってしまいました。

日々の忙しさで、ヨーロッパの生活の記憶がどんどん薄れていく中で、彼女のヨーロッパ暮らしの日々を読むと、また若かりしころの旅行熱に火がついてしまいました。

ああ、ザルツブルクにもう一度行きたいなぁ。。(とりあえず人生の目標の一つに入れておきましょう)。

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2009年7月21日 (火)

それゆけ結婚

著者 森村桂 角川文庫

だんなさまとの結婚生活のエピソードや、結婚の苦労や悩みをどう乗り越えるかなど、を明るく楽しく描いていた(のちに実際の結婚生活は妻の仕事に無理解なDV夫との苦悩の日々だったことがわかるのですが)時代の一冊です。

事実を知っているからこそ、痛々しい作者の内面を想像しながら読むことができるのかと思います。

そんな中でも、あれこれと、生活というよりは人生のヒントが散りばめられています。

たとえば、こんな文章。女性が暴漢に襲われた悲しい事件についての一文です、君たちはどう生きるかに通じる、いいことを言っています。

工事現場のオアニイさんやトラック運転手に女性たちは冷たい目(軽蔑した目)で見たりする、お嬢さんたちの目が冷たいほど、その反動がどこかで出るんじゃないか、ということを解りやすく語っています。

信用されない人間ほど、悪の道にはいりやすいということを、私たちは知らなければならない。それは若い女が、自分たちの身の安全を守る以前に、大切にしなければならないと思う。

Hanakoのエッセイでコンビニのレジ打ちを小バカにしていたよしもとばなな氏と蝶々氏にも読んでいただきたい一節でした。

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2009年6月11日 (木)

ほらふきココラテの冒険

著者 森村桂 角川文庫

この一冊は、先日軽井沢の「アリスの丘」を訪れたとき、森村さんの本は絶版ばかりで入手が難しく、古本屋を探して集めているところだという話をしたところ、他のお客さんが、探しているかたに是非と置いていった本がたまたまあるのでと、お店のスタッフの方になんと譲っていただいたありがたくも、貴重な一冊です。

真面目だけがとりえのさえない銀行員(江上剛作品を彷彿とさせます)、新建材を使いたくない頑固ものの大工、病的な潔癖症のコックという、社会不適合な男たち3人がココラテという不思議な少女に出会い、ユートピアのような幻の島を探す冒険にでようとするドタバタを描いた作品なのです。

こちらの本は子供向けの冒険物語のような内容にも受け取れますが、多くの社会問題をなにげなく登場人物に語らせた、本当に示唆に飛んだ一冊だと思いました。

登場人物に社会問題を語らせるのは、宮部みゆきなどそうなのですが、宮部みゆきはあまりにもとってつけたように登場人物が語るので、だんだん読んでいてしらけてきてしまうのですが、本書はずばっと語っているのですんなりとうなずけてしまいます。

しかも本書は、昭和54年に初刊なのに、いまでもその社会問題が全く変わってないというところがなんともはやというところです。

たとえば・・

悲しいかな、ここは民主主義国日本、ひとりがいい事を言っても、必ず、反対者がわけの解らないことをいいだす。その発言をとめることは出来ない。政治で言えば多数決だ。バカな人間、あるいは業者とつながっている政治家が、私利私欲のために反対すれば、何もできない。そして、議論議論と続いているうちに、人々はどうでもいいような気になり、事は起こってしまう。

なんだか、かんぽの宿やら社会保険庁の年金ミス問題やら、居酒屋タクシー問題やら、天下り問題やら、世襲問題やらの話をしているみたいですが、この文章は昭和54年に書かれています。

また、別のページではこんなことを言っています。

繕ったり、直したり、応用したりすることを、日本人はどうして忘れてしまったのだろう。戦争の時、なくて困っていたものが、どんどんこうして捨てられているのだ。食べ物だって、パンのミミ、おとといの残り、冷蔵庫の中で何週間もたってしまったもの、そしてレストランでの客の食べ残し、日本人は、今、自分たちの食べてるもの、使っているものの十分の一は、確実に捨てているだろう。食べ物以外だって、そう、流行遅れの洋服、裏がまっ白な包装紙や広告のちらし、つけっ放しのテレビや電気の電気代、そして、やはりつけっ放しの石油ストーブなど、十分の一は無駄にしているのだ。それら無駄にしたものだけ集めれば、日本の十分の一の人口、一千万人の人たちが助かるかもしれないのだ。

経済のことがわかってないね、なんて言い出す人がいるかもしれませんが、エコポイントなるまやかしの政策で、まだ使える冷蔵庫やテレビを捨てさせて、使わない、または小型に変えたらポイントがもらえるならまだしも、大型の冷蔵庫やテレビを買った人に多くのポイントを税金で差し上げるっていうのですから、、こちらもなんともはやなのです。

あたりまえの疑問を難しく訴える政治家は、その内容に国民はぴんとこなくて理解できませんが、子供でもわかるような言葉で伝えてくれる、こんな作家は、まだまだ必要だと思います。

この本も、とても読みやすく、いまの、こんな世の中だからこそ、多くの人々に目にして欲しい一冊だと思いました。

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