昨日は昨年に引き続き武道館にジョンレノンスーパーライブへ行ってまいりました。
びっくり仰天驚いたのは、コンサート終了後に行った武道館近くのバーの店員さんに「今日はなにかイベントがあったんですか?」と尋ねられて、「ジョン・レノンのスーパーライブに。。」と答えたら、「えっ、ジョン・レノンが来日しているんですか?」って答えられて、ずっこけてしまったことです。
恐ろしいジェネレーションギャップです。今日、コンサートにやってきた若者たちのなかにも、ジョンが故人だと知らずに、ジョン・レノンに会いにきちゃった人も混じってたかも。。って真面目に思ってしまいました。
ところで、昨日のライブですが、イエモンの吉井和哉、奥田民生、トータス松本、Charともう自分にとってはもう、垂涎ものの、長いこと大ファン(Charなんて。。自分が中学生のころからのファン)でいるアーティストたちが豪華に勢ぞろいで(ことしは、忌野清志郎が闘病中でいないのは寂しかったですが)。3時間半にもわたる演奏はどれも素晴らしかったと思います。
昨年の感想と同様に感じたのは、やっぱり、ジョンはヨーコが思っているほどの有名人ではないということです。アーティストの多くにジョンの信者は大勢いますが、昨日も、ゆずや斉藤和義のファンが、チャリティのためのコンサートという主旨も知らずに会場に足を運んだんじゃないかなって気がします。夏木マリが「世界には小学校にも通えない子供たちが2億人います」と訴えはじめたとたん、、「えっそういう催しだったの?」と緊張した人たちを見ました。(昨年隣に座った人は、当日歌われた曲を一曲も知らないと言っていましたし、昨日もゆずの曲も聴きたかったと行っている人が居ました)。
でも、それでも、ジョンレノンの音楽に惹かれて集まった豪華なアーティストたちに惹かれて集まったファンの人たちが、それを機会に世界中の貧しく学校に行けない子供たちにチケット代金の一部から学校をプレゼントすることができて、みんなで、戦争のない平和な世界を願って、そして、人を愛することをみんなで唄うというのは、すごいことだなって思いました。ヨーコが「近くにいる人にもっとI Love Youと言ってください。」と言っていました。「あなたが、誰かにI Love Youというときは、それは世界中の人に向っていっていることなのですから」と。
わたしには彼女の言いたかった意味は。
誰かを愛している人は、愛している人の大切さを想像できるから。戦争で戦う相手にも愛する誰かが居て、その愛する誰かにとってその人はやはりとても大切な存在だという想像ができることなのだと感じました。
だから、誰かを愛し、誰かに愛されてている人は、自分と同じように、誰かを愛していて、誰かに愛されているかもしれない見知らぬ人の命を戦争という理由で奪うことが出来ないのではないかと思うのです。
最近読んだ「若者を見殺しにする国」のことを、コンサート中も何度も思い出しました。
この本の著者は、「希望は戦争」と書きました。この著者には近くにI Love Youと言う相手が誰もいないのかな?少なくてもご両親には言ってもいいんじゃない?
戦争になれば非雇用者も正規雇用者も同様に戦争に行き、弱者の立場が逆転するかもしれない、結果世の中は公平になるから戦争が起こって欲しいと書いていたのです。
著者の希望は本気ではないとおもいますが、日本人の誰かがそういう文章を実際に書き、その言葉に共感を覚えた若者たちが数多く存在したことにショックを覚えていたのです。
だれかが、この著書や「希望は戦争」に賛同した若者にはナチスの強制収容所のことを書いたフランクルの「夜と霧」を読んでもらえばいいのでは、と書いていましたが。
わたしは、どちらかというと、本当の弱者の不安や恐怖とはどういうことかを知ってもらうには、山下清の「裸の大将放浪記」を読んでもらったほうがいいんじゃなかろうかと思いました。
山下清はずっと戦争を恐れていました。彼の残した文章を読んでもらえれば、その理由が書いてあります。
ジョンは「戦争は終わる、もし終わって欲しいなら」って唄ったのですが、裏を返せば、「戦争は終わらない、もしも終わって欲しくないなら」なのです。そして「希望は戦争」と書く若者がいるということは、戦争は終わらないのですね。
だって、昨日ヨーコが「ひとりでみる夢はただの夢、でもみんなで見る夢は現実になる」と行っていました。みんなが戦争を夢見てしまったら。。。そんなドリームパワーはとても恐ろしく。。イヤです。
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